俺の腕の中で意識を失っている名前は死んでいるように見える。首筋に手を添えると血管が脈打つのを感じるが、余りにも弱々しい。頬を叩いても一向に目を覚まさない。鎖骨に空いた小さな穴、未だに血を流すそこを何度か舐めれば傷は塞がった。俺が吸血したのではない。リビングのソファーでぐったりしている名前を見つけたのはほんの数分前のことだ。他に噛み跡がないのを見ると、吸血しようとした兄弟の誰かが早々に気絶した名前に飽きて放置したんだろう。

こいつは人間だ。人間のはずなんだ。なのに俺達吸血鬼と大差ないほどに冷たくなっている。以前はもっと温かかった。これは覚醒が近いからではなく、壊れようとしているからだ。吸血されればすぐに気絶する。逆に目覚めるまでは時間がかかる。最近は半日ほどしないと目覚めない。このままいけば名前は静かに、それこそ眠るように死ぬのだろう。死んで、しまうのか…。





「………スバル君?どうしたの?もう朝なのに眠らないの…?え、今はお昼?そっか。私、途中で気絶しちゃったんだね。私が起きるまで待っててくれたんだ。ありがとう。どれくらい眠ってた?…半日も。そう………私は花嫁になれそうもないね」





「ふざけんなよ」

数日前の会話を思い出して歯噛みする。こいつの前の花嫁達も覚醒出来ずに死んでいった。同じことを繰り返すだけで、兄弟達は名前など歯牙にもかけない。俺だってどうでもよかったはずなのにこいつだけは見捨てられなかった。死んじまうなんて認めない、認めてたまるか。

名前を抱き抱えて自室に戻る。細くなった身体を抱き締めて俺は決断を下した。










名前が目覚めるまで丸1日かかった。さらに半日を費やし、動けるようになったので外へ連れ出した。何処へ行くの?と、問う声を無視して木々が生い茂る森の中を進む。ある程度進んだところで名前を放り投げた。

「お前、もういらねぇ」

酷薄な笑みを浮かべて告げる。何を言われたかわかっていないのだろう。名前は地面に倒れたまま硬直している。もう一度、理解出来るようゆっくり言う。

「お前はもう必要ない」

「なんで、私、気に障るようなことしちゃった…?」

「うぜぇから触んな」

腕を掴んできたので払いのけると軽々と吹っ飛んだ。立ち上がれずに座り込む名前を冷たく見下ろす。

「血は不味くなったしすぐに気絶するしでつかえねぇ。餌としての役割を果たせないやつはいらねぇよ」

「そ、そうかもしれないけど…だからってそんなっ!」

「うっせぇ!!」

すぐ傍にあった木を殴りつけると太い幹に亀裂が走った。みしみし音を立てながら傾く木は隣の木に寄り掛かるようにして止まった。名前は言葉を失い、目には怯えを宿している。

「戻ってみろ。俺が直々に殺してやる」

「スバル、君…」

「何処にでもいっちまえ」

そう言っても名前は動かない。いや、動けないのだろう。ならば、と踵を返して来た道を辿る。待ってスバル君!!と、叫ぶ名前を振り切って走った。









自室へ戻ってさっさと寝てしまおうと棺桶に引きこもったが、なかなか眠れない。瞼を閉じるといやでもあいつの姿が浮かんでしまう。置いてきぼりにしたがあそこは街から近いし、頻繁に人が通るから朝になれば誰かしら見つけて保護するだろう。寒い季節でもないから凍死の心配もない。ただ、吸血鬼に血を吸われ続けたあいつの身体が、吸血鬼から離れたからといって回復するかはわからない。唯一わかるのは俺達の傍にいたら死ぬということだけだ。

「バカくせぇ」

急に何もかもがくだらなく思えた。蓋を開けて身体を起こす。すっかり目が冴えた。といっても元から眠気はなかったが。

こんなごちゃごちゃ考えて俺らしくもない。どうせなら血を吸いつくして殺しちまえばよかったのかもしれない。その方がよっぽと吸血鬼らしい。だけど、それは出来なかった。死なせたくなかった、死んでほしくなかったから突き放した。これでいい、間違ってないとはっきり言える。だから、気のせいなんだ。

寝転んで目を瞑る。死んで失うぐらいなら生きて手離すほうが何倍もマシだ。そう自分に言い聞かせて、胸のあたりの鈍い痛みに気づかないふりをした。





そして君の手を離す










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最初は一方的で身勝手な感じの捨て方にしようと思いましたが、無理でした。そんなスバル君は書けないです。これがアヤトやシュウさんあたりだったら何の戸惑いもなく書けたんだけどね!!←



瑠璃様、リクエストありがとうございました!!お持ち帰り、苦情等は瑠璃様のみ可です^^







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