いつも通りだった。夜会に呼ばれて、華美なドレス着て、愛想ふるまいて、最後には抜け出す。いつも通りに終わる…はずだった。





うちの息子に会ってみませんか?という誘いをどうにか断り、解放されたころには疲れがピークに達していた。あの人しつこい。やんわり拒否してんのになんで伝わらない。鈍いのか?喋りっぱなしだったから喉乾いた。

シャンパンが呑みたくて探していると一人の青年と目があった。黒髪のすらっとした青年は私を見て唖然としている。なんだその表情。そもそも彼は誰だ?出席者の大半は顔見知りだが、彼は記憶にない。どこの子息だ…あれ、なんか会ったことがある気がするぞ。しかもごく最近に何回も。

思い出しかけていると、口を半開きにしていた青年が口角を上げたので悪寒が走る。ああいう笑い方をするやつにはろくなやつはいない。こちらへ向かってくるのでテラスに駆け込み柱の影へ隠れた。タキシードだったからわからなかったけど、今のってあれだよな。

「魔王の娘は狸か狐だったのか?人を化かすのが随分と上手いな。お陰で最初は誰かわからなかったぞ」

この嫌味な言い方は…。そっと顔だけ出すと嘲るような笑みを浮かべる無神の長男がいた。

「な…なんでお前がいるんだ」

「主催者から招待されたからに決まっている」

「はぁ!?」

招待だって?主催者っていったら義兄さんじゃないか。なんでこいつまで招いてんの、なに考えてんの!?

「あーいたいた。ルキ君こんなとこでなにしてんの?」

「狸狩りだ」

「狸だぁ?」

「どこにいるの…?」

長男だけかと思ったら全員いるようでぞろぞろやって来た。弟達は長男の発言に困惑している。誰が狸だ。ていうか、狸か狐の2択でなんでそっちをチョイスした。似てるってか?失礼な!!

「ここにいるじゃないか。化け狸が」

「ちょっ!?」

「あ?名前じゃねぇか」

「うはっ。叔母さんドレス着てるー」

「叔母さんは…狸だったの…?」

長男によって引っ張り出されてしまった。三方向囲まれ一気に喋られてたじろぐ。

「ちなみにこいつらもお前の痴態を見ていたぞ」

ただでさえダメージくらってるのに追い打ちかけられる。長男だけでなく他のやつらにも見られたとか…。素を知ってるやつらに猫被りしてるところを見られるのは大変恥ずかしい。普段は着ないヒラヒラのドレス姿を見られたのも辛い。これ以上恥を晒したくなかった。

「うわー!!お前らどっか行けよ!!」

「こんな面白いもの見れるのに行くわけないだろう」

「人で楽しむな!!」

もういい!!お前らがどっか行かないなら私が行く!!ドレスであることも忘れて欄干に足をかけると三男に羽交い締めにされた。

「んな格好で降りようとすんな!!」

「ここから落ちたところで怪我一つしない!!」

「んな心配してねーよ!!服が汚れたらどうすんだよ!!」

「お母ちゃんか!!お前だって、いやですわ、うふふ、あははとかやってたとこ見たんだろ!?」

「ばっちり」

「見んなよ!!」

三男は身体デカイだけあって力も強くて逃られない。わかった、飛び降りのはやめるからせめて柱の影に行かせてくれ。壁の一部になるから。しかし、三男は離す気がないらしく、隠れることもままならない。そんなに私を辱しめたいか悪魔か…吸血鬼だ。三男の腕の中で項垂れていると髪型が崩れない程度に頭を撫でられる。なんか立場がない。

「んな取り乱すほどのことかぁ?」

「猫被ってんの見られた上にこんな格好晒して二重苦だ…」

「気にすることねぇだろ。猫被りなかなか面白かったぜ。ドレスだってわりと似合ってるし」

「屈辱でしかない」

「叔母さん…」

「毎回言ってるけど、私は君の叔母さんじゃないからね。なに?」

「大丈夫、すごく似合ってるよ…可愛い」

四男が私の肩にそっと手を添え、小さく微笑んだ。子供の頃から世辞を言われ続けてきたせいか、それが本心か嘘かなのか見抜く力が身に付いた。だからこそわかる。四男の誉め言葉は嫌味じゃない、本気でそう思ってる。ババァ取っ捕まえておいて可愛いとかお前…やだ、もう…なんなのこの子。三つ子と交換したい。

「甥は無理だから養子にならないか?」

「養子…?」

「ルキ君うちの四男がよその子になっちゃいそうだよ」

「俺がさせるわけないだろう」

「テメェは少し落ち着けってーの!!」

「あだっ」

いい加減にしろと三男からチョップされたお陰で我に返ったが額がものすごく痛い。血でてない?もしくは割れてないか??

「すっごい音したけど大丈夫?」

「脳ミソ的なものでてない?」

「グロいからやめて。それよりさ、ドレス姿ちゃんと見せてよ。こっちこっち」

「うわっ」

次男に手を引かれて三男の腕から抜け出す。はい、ターンと言われてノリで1回転。空気を含んで広がった裾を摘まんで軽くお辞儀をする。条件反射でやっちゃった。

「へー。ちゃんとしてるとそれらしく見えるじゃん」

「それらしく…?」

「叔母さんダンス踊ったりするの?」

「付き合いもあるから踊るけど」

「なら俺と踊ってよ。アイドルだからダンスは得意だよ」

待って。それってアイドルが踊るダンスがってことだろう?私が言ってるのはワルツとか二人一組で踊るやつなんだけど。彼と私に相違があるのは間違いない。次男は私の両手を握っていて、構えからしておかしい。どんなダンスを踊るつもりなんだ。

「それじゃ行きまーす」

「えぇ!?」

次男が回り始めたので私も一緒になって回ってしまう。次男を軸にぐるぐる回転し、視界が目まぐるしく変わる。高いヒールが仇となって足下は覚束ず、なんとかついていくが地面から浮きそうだ。自力で止まることは不可能だろう。お前、これ、違う、わかってやってるだろ!!

「えい」

「ぎゃっ!!」

突然手を離され支えを失い吹っ飛んだ。私の身体は床に転がることも、外に放り出されることもなく何かに受け止められた。目を回す私に次男はけらけら笑っている。

「ルキ君ナイスキャッチ」

「コウ、わざと俺のところに投げただろう」

「たまたまだよ、た・ま・た・ま」

「うえぇっ…次男、お前、覚えておけよ…」

気持ち悪さと目眩に襲われて立つことさえままならない。目の前にあるものにしがみついて倒れないようにするのが精一杯だ。

「おい。いつまでそうしているつもりだ」

「待って、ちょっと、本当に、お願い…」

「………」

暫くじっとしていると治まってきた。なんとか自力で立てそうだ。深呼吸してから固く瞑っていた目を開く。黒い革靴を履いた足が見える。視線を上げると私を見下ろす長男がいて顔を歪めてしまった。今の今まで気づかなかったが長男に抱き締いていたようだ。

「なんだその嫌そうな顔は。お前は礼も言えないのか」

「元を辿ればお前んとこの次男のせいだ………ドウモアリガトウゴザイマシタ」

「ずけぇ棒読み」

「心がこもってない…」

「言ったからいいの!!離してくれ!!」

もういいよ、と言ってるのに長男は腰に回した手を解くかない。上半身突っぱねるが、私の抵抗など意にも介さずしげしげと眺めている。

「コウの言う通り、着飾っていれば見れなくもない」

いつもは見れないのか。逆巻といい、無神といいどうしてこうも失礼なんだ。いい加減にしろよお前ら。腹立つ。

「助けてやったんだから礼をしてもらおう」

「恩着せがましいんだよっ、離せ!!」

「せっかくだ。あの猫被りをしてもらおうか」

「よりによってあれをやれと!?」

「遠目から見ていただけだからな。近くで拝んでみたいものだ」

長男の提案に他の兄弟たちも面白そうだ、と集まってきた。公開処刑か…。じだんだをふみたくなるがぐっと耐える。囲まれた今、逃げようとするのは愚策だ。ほんのちょっと恥を忍べば解放される。やつらはカボチャ、カボチャなんだから何も気にすることはない、と言い聞かせて一息吐く。

自由奔放で傲慢な女はこの状況だったらどんなことを言ってどんな表情をするからイメージする。あとはその通りに行動すればいい。がらりと雰囲気を変える。挑発的な色を湛えた目を細め、口元は弧を描く。蠱惑的に笑んでみせる。

「貴方ごときが私(わたくし)に触れるなんておこがましいわ。お離しなさい」

うん、なかなか良い出来…だったんだけどやりすぎたのか、無神兄弟は揃ってぽかーんとしている。やらせた本人までぽかーんとするのはやめてくれ。いたたまれない。

「おい」

微妙な空気の中、背後から低くて静かな声がかかり私の肩が跳ねる。やっほーお久しぶり。と、次男が話しかけている。顔が見なくても誰かわかる。静かな怒りを秘めていることも。あー…嵐がくるな。これから起きることが予想できて自然と遠い目になった。




叔母と無と夜会
(お家に帰りたい)










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無神長男と叔母さんは仲悪そうです。



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