if.凄く平和な無神三男と叔母さん
「おい。車出せ」
高い位置から睥睨されて金をだせ、の間違えではないかと思った。ていうか、どっかで見たことがあると思ったらお前、無神の…無神の………誰だっけ?
「やっぱ車があるといいな!!思いきり買い物が出きるぜ」
助手席に座った男は長い腕を伸ばして後部座席に積まれた荷物をバシバシ叩きながらご機嫌そうにしている。男―――無神ユーマは私を愛車に放り込み、自分も乗り込むと無理矢理運転させてホームセンターにやって来た。そこで種や肥料や農作業の道具やらを買い込んだ。狂暴そうな風体をしているくせに、家庭菜園が趣味らしい。私が拉致されたのは運転手をさせるためだ。
「何で私がお前の買い物に付き合わなきゃいけないの?身内ならまだしも、赤の他人だろう」
「いいじゃねぇか。同族、吸血鬼のよしみだろう」
すごく大きなくくりなんですけど。勢いに押されてここまできたけど納得いかない。
「それよりよ、この狭さどうにかなんねぇのかよ」
「蹴るな!!へこむからやめろ!!落としてくぞ!!」
大きな身体を折り曲げて窮屈そうにしながら、サイドボードを蹴っている。私の愛車になにをするんだ!!お前みたいな大男が乗るなんて想定してないんだよ!!
「そこ右に曲がってちょっと走るとでけぇ屋敷があるからそこな」
指示された通りに右折して大きな屋敷の前で停車する。無神ユーマは車から降りると荷物を運び出している。手伝ってやる義理はないので座ったまま待機だ。運び終えた無神ユーマは車の縁に手をついて中を覗き込む。
「おい。礼に野菜やっからこいよ」
「結構だ。すぐに帰らせてもらう」
「まぁそう言うなって。野菜は嫌いか?」
「そういうことじゃない。大体、お前が作った野菜って美味しいのか」
急に静かになったから不思議に思って無神ユーマを見れば目をかっ開いていた。恐っ!!
「俺の野菜なんて不味くて食えたもんじゃねぇってか…?」
「そこまで言ってない」
「食ってもいないくせに決めつけんじゃねぇ!!おら、来いよ!!」
「どこ連れてくんだ!?離せ!!」
シートベルトを外され、助手席側から外へと引き摺り出される。この男、やることなすこと乱暴である。散々抵抗したが通用せず、畑のど真ん中に放置された。無神ユーマは畑の中をうろうろしている。何をしているのかは知らない。というか、興味ない。もう何でもいいからさっさと帰してくれないか。太陽が眩しい…。
「ほらよ。食ってみろ」
「はっ?」
「なんだ。お貴族様はキュウリも知らねぇのかぁ?」
「キュウリぐらい知ってる」
戻ってきた無神ユーマは服で表面を擦ってからキュウリを差し出した。今しがた取ったばかりの、もぎたてのようだ。丸々太ってイボが尖っており、濃い緑色である。湾曲しているのは自家制ならでわだろう。
「知ってんなら物珍しそうに見てねぇでさっさと食いやがれ!!」
「もがっ」
口に押し込まれて反射的に噛むとパキッ、といい音が鳴った。しゃきしゃきしていて歯ごたえがあり、口のなかに水分が溢れて瑞々しい。そしてほのかに甘い。半信半疑だったがこれは美味しい。あまりにも美味しいもんだからあっという間に食べ終えてしまった。
「味はどうだ?」
「作ってるやつがこんななのに美味しい。びっくりした」
「一言余計だてめぇ。ま、この味がわかるっていうのは評価してやるぜ。生粋のお貴族様っていうからお高くとまった嫌味な女かと思ったがそうでもねぇな」
無神ユーマに髪の毛をかき混ぜられる。豪快すぎて身体がぐらついた。おい、ちょっと待て。なんだこの扱いは。
「お前気に入った。名前は?」
「今更聞くか…名前だ」
「名前な。よし、特別だ。好きなだけ持ち帰っていいぜ」
「え、いいの?」
「男に二言はねぇ」
畑を見渡すとキュウリ以外にも美味しそうな野菜が実っている。見上げればニカッと笑う無神ユーマ。いや、うちは野菜なんて食べるやついないし、持ち帰ったらところで腐らせるだけだし、何より無神から貰ったなんて言ったら兄弟たちに怒られる。しかしだ、こんな美味しい野菜がただで貰えるなんてそうそうないだろう。家でも食べたいな。あのトマト美味しそう………。
「いいように使われた挙げ句にお土産まで貰うなんてバカですかあなたは!!」
案の定というか予想通りというか。レイジにしこたま怒られた。
叔母と野生児と野菜
(三男は草食なのか?)
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たぶん、ユーマ君はわりと慕ってくれるような気がします。