「名前」

大切な人が、彼が呼んでいる。その声に応えるべく名前は彼を探すが辺り一面闇に覆われて見つからない。彼が名前を呼んだように名前も彼を呼ぼうとしたら、顔や服に液体が降りかかった。突然のことに名前は目を瞬かせる。やけに粘着質で鼻につく匂いがする。頬を流れる雫を指先で掬うと赤い液がついていた。それが何かを認識するより先に名前の両手は真っ赤に染まった。足元には人が転がっている。腹を真一文字に裂かれて名前の手に付着したのと同じ赤を撒き散らす。光をなくした瞳は何もない空間を見つめていた。

「―――――っ!!!!」

悲鳴を上げながら名前は手を伸ばしたが違う誰かに絡めとられ、彼から遠ざけられる。彼ではない人が名前の名を―――










「名前」

目を覚ましても暗かったが人がいた。心配そうに眉根を寄せたルキが覗きこんでいる。

「どうした。魘されていたぞ」

「ルキっ!!」

「名前?」

飛びついてきた名前をルキは片手で受け止める。広いベッドに品の良い調度品、ここはルキの部屋だ。夢を見ていたのだと理解した。

「はっ、ふ、ぁ、ルキ、ルキ!!」

「落ち着け名前。ゆっくり深呼吸をするんだ」

ルキは過呼吸になりかけている名前の頭を撫でながら落ち着かせる。そのかいあって次第に名前の呼吸は整っていくが、夢の惨状を思い出して錯乱する。

「ああ、私の、大切な人が、赤くなって、死んで!!」

「大切な人―――それは俺のことか?」

「あ…」

はたと気づく。夢の中の彼が大切な人だというのはわかったが、それが誰かまではわからなかった。あれはルキに違いない。ルキが殺された。名前の身体は震える。

「ルキ、ルキ、死んじゃやだぁ」

「俺は吸血鬼だぞ。そう簡単には死にはしない」

べそをかく名前の背中を軽く叩く。一定のリズムを刻むそれに、名前の荒んでいた心が凪いでいく。よりルキの存在を感じたくて身体を密着させると力強く抱き締めてくれた。だが、それも片手だ。いつもなら両手で包み込んでくれるのに空いた片手はルキ自身の背中側にある。まるで何かを隠してるかのようだ。

「ルキ、どうして両手で抱き締めてくれないの?何かあるの…?」

「いいや、何も。片手でも十分お前を抱き締められるのだから気にすることはない」

「そうなの…?」

「そうだ」

ルキがそう言うなら、そうなのだろう。得心した名前は追及するのをやめた。代わりに他のことを考える。自然と浮かんだのは先程見た夢だった。恐ろしかったが、気になることがある。倒れるルキの他にも人がいた気がする。あれは誰だったのか。

「夢にもう1人、いた…引き離されて…私、あの人のこと知って…あれは、」

「名前」

声に出して一つ一つ確認していくのをルキが遮ぎった。思いだしそうになった何かが霧散する。そして急に眠気が襲ってきて名前の意識は混濁していく。

「なんか眠くなってきた…」

「無理に抗うな。寝てしまえばいい」

「でも、夢が…」

「悪夢など思い出すことはないだろう?それにもう夢は見ない」

「…そう…そうだね………ルキ、離さないで、ね…約束よ…」

「ああ。何があっても離しはしない」

ルキが傍にいるなら大丈夫だ。そう、安心して名前は眠りについた。

「おやすみ」

名前の頬に唇を落とすルキは満ち足りたように微笑んでいる。名前に見られないよう隠した手には赤く汚れたナイフが握られていた。





Nightmare

さて、どこからどこまでが夢でしょうか?










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想像はつくけど核心は明かさない、これぞ雰囲気小説。夢主やルキ様の言動で「ん?」と思うような箇所があるでしょうが、あえてそのままにしときます。雰囲気小説書くのもなかなか面白いですね。



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