街の雰囲気はピンク色に染まり、甘ったるい匂いが漂う。男と女、特に若い男女がどこかそわそわしているのは今日がバレンタインだからだ。この国では女性が好きな男性にチョコレートを贈るのが風習らしい。なのでこの時期になると至る所で売られている。
「おお」
蓋を開けると種類の違う一口サイズのチョコがお行儀よく並んでいた。自主的にあげたい男性など皆無なのでこれは自分用に、有名パティシエが作った高級チョコを買ってきた。甥っ子と違って特別に甘い物が好きなわけでもないが、ときたま無性に食べたくなる時がある。今回はそこかしこで甘ったるい匂いがするために触発された。
「いただきまー…す?」
では早速、と丸いシンプルなチョコを摘まんで口に運ぼうとしたら、背後から腕が伸びてきた手に腕を捕まれてチョコは軌道を変えた。
「なかなかいけるじゃねぇか」
そして私じゃない人物に食べられてしまった。横取りしたのはスバルで、唇に付着したチョコを舐めとっている。
「学校は?」
「サボり」
「この前もサボってただろう。留年しても知らないからな。あと食べるなら自分で食べろ」
「ならよこせ」
食の細いスバルが食べたがるなんてよっぽど気に入ったのだろう。ケチケチしないでわけてあげようと箱を渡すと、スバルは右端にあったチョコを掴んで私の口元に持ってきた。唇にあてられて口を開けると押し込まれる。入った瞬間から溶け始めるチョコは甘すぎず、リキュールがアクセントになって上品な仕上がりだ。大人の味というやつか。これはスバルが気に入るのもわかる。
「美味いか?」
「美味しい。とっても美味しいけどなんで食べさせた?」
「物欲しそうな顔をしてたから」
それスバルが勝手にそう思っただけで誰もちょうだいなんて言ってない…ま、いいか。チョコが美味しすぎてどうでもよくなる。
「もっと食べるか?」
「食う」
「どうぞ」
「ん」
残りも分けあい、あっという間に完食した。時計を見ると予定の時刻を過ぎている。そろそろ動き始めないと間に合わなくなる。
「私はキッチンに行くけどスバルは?」
「俺も行く」
空き箱を捨ててキッチンに向かとスバルもついてきた。てっきり部屋に戻って棺桶に引きこもると思っていたのに。スバルが誰かと行動を共にするなんて珍しい。
「キッチンに行くってことはバレンタインのチョコを作るのか?」
「ご名答。今日がバレンタインだってよく覚えてたね」
「三つ子が昨日から騒いでたからいやでも覚えたっつーの」
「正にその三人からせがまれてんだよ」
例の如く、三つ子(特にカナト)から要求されているのだ。しかも手作りでないと受け取らないときたものだから厄介である。げんなりしていると鼻で笑われた。
「はっ。甥っ子のためにわざわざ手作りするなんてお優しいなぁ」
「…実は大量に材料を買ってしまったんだ」
「だから何だよ」
「捨てるのは勿体ないから材料分作るつもりだけど、三つ子に全部やるのもちょっと…だから、スバルも食べてくれると助かるんだけど」
「はぁ?三つ子のおこぼれ貰えって言うのかよ」
「違う。処理に協力して欲しいんだって」
「んなこと知るか。自分でどうにかしろ」
スバルは黙りこんでしまった。そんなつもりで言ったんじゃないけど、言葉の選択を間違えたようだ。ま、いらないというのなら無理強いすることもない。チョコの話しは打ち切って二人揃って黙々と歩く。んー、新たに話題を提供したほうがいいのか、それとも静かにしてたほうがいいのか。どうしようかな、と考えていると呼ばれたのでスバルの方を見れば真面目な表情をしている。急にどうした。
「どうしても、っていうならきいてやらなくもない。ただし、条件がある」
「何?」
「三つ子よりも先に俺にくれんならいいぜ」
何を言い出すかと思えばなんだ、そんなことか。いつも三つ子に無茶ぶりされているせいで、どんな要求をされるのかと構えていたのに。
「いいよ。出来たらすぐにスバルにあげる」
「なら仕方ねぇな。食ってやるよ」
ニッ、と笑うスバルは偉そうなのにどこか嬉しそうで、私の手首を掴んでは先立って進む。まるでさっさと作れよ、と急かされてるようだ。なんかスバルってこういうとこは可愛いよな。
「せっかくだからさ…」
「んだよ」
「お前のだけハート型にしてあげよう」
「!!」
叔母と末っ子とバレンタイン
(冗談だよ)(あ…当たり前だ!!)
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意外と叔母さんは女子力高めです(笑)叔母ヒロインと末っ子書くの楽しい!!(・∀・)