「名前、ソース取れ」
向かい側に座ったアヤトが早くしろ、と掌を差し出している。上から目線も偉そうなのも今更なので咎めもしないが、どうしたって聞き逃せない点があった。取り敢えず、近くにあったソースを手渡す。アヤトはソースとマヨネーズと青のりをかけるとたこ焼きを食べ始めた。私だけでなく、ダイニングテーブルを囲んでいる兄弟全員が注視しているというのにアヤトはまったく気にしない。というか、たこ焼きに夢中になってて気づいてない。
「…アヤト」
「何だよ」
「今何て言った?」
「だから、何だよ」
「違う。その前だ」
「その前………名前ソースとれ、か?」
「それだよ!!」
バァン!!と、テーブルに手をついて立ち上がる。視界の端でレイジが眉間に皺を寄せているのが見えたがそんなものは知らない。
「私、お前の叔母さんだからな!!呼び捨てはないだろう!!せめて名前のあとに叔母さんってつけろ!!」
「名前ババァ」
「そうじゃない!!」
叔母とババァを同義にするな!!聞き分けのないアヤトに地団駄踏んでいると、隣にいたスバルに落ち着け、と宥められた。年下に、宥められた。急に恥ずかしくなったので大人しく座る。
「ごほん。とにかく、呼び捨てはやめなさい」
「んでだよ。別にいいだろう」
アヤトはたこ焼きを口に放り込んだ。お前、話してる時は食べるのやめろ。アヤトと睨み合っていると椅子の背凭れに首を預けて寝ていたシュウが目を開いた。
「俺達はあんたの甥っ子じゃないんだし呼び捨てでも構わないよな、名前」
「何の問題もないはずです。そうですよね、名前」
「こいつらはよくて俺はダメなんてことはねぇよなぁ、名前」
「うぉい!!」
ガタンっ、と今度は椅子がひっくり返るぐらいの勢いで立ち上がった。どうしてそうなるんだ!!いいわけないだろ!!と、叫ぶと、じゃ何て呼べばいい?と、問われてしまい言葉に詰まる。この3人に関しては深く考えたことがなかった。
「えー………名前さん?」
「「「嫌だ(です)」」」
「ハモるほど嫌か!!」
「呼び方ぐらいでぎゃぎゃ言うんじゃねぇよ」
「お前は叔母さん呼びをしなさい」
「いい加減しつけぇ」
「お前がいい加減にしろ」
アヤトの視線が鋭くなったので負けじと尖らせる。機嫌が急下降しているようだがそれは私も同じだ。険悪な雰囲気が漂い始めたというのにライトとカナトは呑気に会話をしている。
「カナト君、これは僕達も叔母さんを呼び捨てにするべき?」
「僕は呼び方なんて些事には拘りません。それよりライト、僕とテディはプディングを食べるのに集中しているので話しかけないでくれますか」
「カナト君ひどーい。まぁ、僕も同意見だけど。ねぇアヤト君」
一触即発な私達など気にする様子もなく話しかけてきたライトはピンクのマカロンをつまんだまま含み笑いをしている。
「よーく考えなよ。叔母さん呼び出来るのは僕ら3人だけなんだよ」
「それが何だよ」
「名前、なんて呼び捨てに出来るのはごまんといるけど、甥っ子として叔母さん呼び出来るのは僕達3人だけなんだって。それって特別じゃない?」
「はぁ?意味わかんねぇ」
「んもー。アヤト君てば理解力ないな」
肝心なところをぼかすライトにアヤトは苛立っているようだ。ライトを睨みつけた後に大きな舌打ちをした。
「ちっ。わかったよ!!ババァって呼べばいいんだろ!!ババァ!!」
椅子を蹴飛ばし、乱暴に立ち上がるとアヤトはそのまま部屋から出ていってしまった。皿に並んでいたたこ焼きは綺麗さっぱり無くなっている。きちっと完食してから去るあたりアヤトらしい。
「いや、ババァもよくないからな」
「まーまー。それぐらい許してあげなよ。僕達にとって叔母と甥って関係は特別であると同時に枷でもあるんだよ」
「叔母さんは叔母さんであってそれ以上でも以下でもありません」
ライトもカナトも意味深な言葉を重ねている。何が言いたいんだかさっぱりわからない。
「僕は叔母さんなんて肩書きとかどうでもいいけどね。んふ」
「どうでもよくないそこ大事」
「「ご馳走さま」」
「無視か」
ライトとカナトはマカロンとプディングを平らげてから引き上げた。シュウとレイジは興味を無くしたのか、昼寝と食器磨きとそれぞれ好きなことをしている。どいつもこいつも何なんだ。
「…どういことかわかるかスバル」
「知るかよ」
訳がわからないまま取り残されたのは私とスバルだけである。
叔母と六兄弟と呼び方
(誰か説明して)
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それぞれ思うことがあるようです。
「そこまで叔母呼びを強要することないだろう。こいつらだって俺を兄呼びしないし」
「お前を兄上呼びするぐらいなら私は舌を噛みきって死にます」
「吸血鬼が舌を噛み切ったぐらいで死ねるかよ」
「違うスバル。ツッコムべきはそこじゃない」
「あ?」
「まぁ、こいつらに兄呼ばわりされても気持ち悪いだけだけど。あんたは呼び方に拘りすぎなんじゃないの?」
「ただでさえナメられてるのに呼び捨てされたらメンツが立たないだろう。切なすぎる」
「可哀想なほど切実ですね」
「必死すぎて憐れになってくるな」
「どうでもいいや」
「(三つ子も含めて)もうやだお前達」