リビングのソファーに並んで座ってルキは勉強、私はぼけーとしていた。暫くするとルキがノートを閉じながら話しかけてきた。
「試してみないか」
何かを提案しているが主語が抜けて意味が通じない。ルキらしくない要領を得ない言葉だが、これはわざとだ。その証拠にルキは目をぱちくりさせている私を見て面白がっている。これもルキにしては珍しい。
「何を?」
「名前は心臓をえぐりだされても死なないか」
「そんなこと言ってたの!?」
両腕を交差して心臓をガードしたままソファーの端っこに避難する。仏様みたいに微笑んでおきながらなんてこと言うんだ。
「心臓は人間にとってはもっとも重要な器官だ。不老不死とはいえ、心臓を取られたらお前はどうなるか。興味深い」
「知的好奇心満したいだけならやめて」
「時間さえかければお前の身体は再生するが心臓も再生するのか?それとも本当の意味で死に至るのか」
「こっち来ないで」
ルキは一気に距離を縮めると私の両腕をどけて、代わりに自分の掌を押し当てた。指を折り曲げ、爪を立てる。本気でやりかねないルキに硬直する。
「心臓から滴る血はさぞかしい旨いんだろうな」
「目的が変わってるよルキ君!!ていうか本当にやめてください!!」
「何だ。今さら死ぬのが恐いとかぬかすのか」
「別に死ぬなら死ぬでいいけど痛いのはヤだ!!なるべく楽に死にたいの!!グロい死に方は勘弁!!」
「………はぁ。そこまで言うなら仕方がない。今回はやめておこう」
名残惜しそうにルキの手が離れる。どっと力が抜けて肘掛け部分に倒れるとルキがのしかかってきた。ぐっ、と顔を近づけてくる。何したいんだろう、と思ったが実害はないのでほっとく。
「どうせ死ぬなら痛くない死に方がいい。老衰とか」
「年もとらないやつが何を言ってるんだ。化け物が穏やかな死を望むな」
「化け物に化け物って言われたくないわー」
「心臓が嫌なら窒息死なんてどうだ?痛くはない…苦しいだろうが」
「出血死しないから窒息死もしないと思うよ」
「それは残念だ」
「残念がらないで。ルキはそんなに私を殺したいの?」
「家畜の生殺与奪は主人次第。家畜であるお前を生かすのが主人である俺なら、殺すのも俺だ」
「ルキっ、んむ」
唇を塞いだルキは私の舌を自らの口内に引き込みと軽く牙を立てた。噛みちぎるつもりだろうか。再生するまで時間がかかるし、その間満足に喋れないからやめてほしい。恐怖に身体が強張る。力を込めたり弱めたりと戯れていた牙が不意に深々と突き刺さった。あまりの痛みに頭から爪先まで電流が走って痺れる。
「んんっ!!」
「…ん…ちゅ」
噛み切れる寸前で牙が抜かれ溢れた血を唾液事啜られる。散々貪った末に濡れた音を立てて離れた。
「はっ、はぁ…〜〜〜っ!!痛い!!」
「痛くしたからな」
悪びれた様子のないルキに腹が立って胸板を叩くがあっさり封じられた。頭をグリグリと押し付けるけどそれすら止められる。何をしてもルキには敵わないようだ。
「うぅ…死ぬかと思った」
「お前はあれぐらいじゃ死なないだろう」
「そうだけど気分の問題だよ。てか、ルキってば殺す気満々だね」
「ああ。名前は俺が殺す」
唾液と血でテカテカ光る唇がつり上がる。物騒な発言なのにどこか甘く響いた。ルキに殺されるってことは私が最期に見るのはルキか。嗚呼、それって案外悪くない。
「ルキになら殺されてもいいよ。だから、痛くない方法で殺してね」
「そうだな。時間はたっぷりあるんだ。どう殺すかじっくり考えよう」
「お手柔らかに」
どうやら私がルキの手にかかるのは当分先のようだ。
無神家の非常食
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この場合の死ぬは生き返らないでそのまま死ぬことです。ややこしいね。やっとルキ君が書けたんですが、ルキ君ってこんなん?あれ??