魔王の娘って色々と面倒なことが多い。そのうちの一つがたった今起きている。

「名前様もお姉様であるコーデリア様に負けず劣らずお美しくいらっしゃる」

「あら、いやですわ。お上手ですこと」

「いやいや。私は本当のことを言ったまでです。お召のドレスもよくお似合いだ。まるで名前様のために誂えられたようだ」

シャンパンを口にしながら世辞を並べる男は誰だったか。掌で口元を覆って上品に笑うようにみせかけて、実際は引くつく口角を隠した。愛嬌を振りまくのも限界がある。

広いホールのあちらこちらで着飾った老若男女が談笑している。その合間を縫って使用人が食べ物や飲み物を運び、ステージにいる音楽隊は場の雰囲気に合った曲を演奏している。逆巻家主催の夜会とあって招かれた人も多ければ顔ぶれも豪華だ。

会話をしている間も周りの視線を感じて辟易する。私と接触する機会を窺っているのだろう。同族が一同に集まる場は嫌いだ。魔王の血筋につられて近づいてくるやつが多いからだ。下心丸見えなやつらは一蹴してやりたいがそうもいかない。吸血鬼の世界にも付き合いというものは存在する。魔王の娘だから、長の身内だからこそ上手く立ち回らないといけない。例え相手が誰であろうとも嫌悪と苛立ちは出さずにこやかに対応する。

「私(わたくし)など姉様の足下にも及びませんわ」

「ご謙遜なさいますな。そうだ、本日は名前様にとっておきのお土産話を用意してまいりました」

「それは楽しみですわ。ぜひお聞かせください」

「ええ。勿論ですとも」

男は調子にのったようでどうでもいいような話題を次から次へと吹っかけてくる。適当に相槌を打って視線を流した。天井にぶら下がる豪華なシャンデリアが眩しい。ギラギラしすぎでしょう。

暫く話していると対になった男女がホール中央に集まり始めた。ダンスが始まるようだ。もしかして、最初からこれを狙って話しを引き延ばしていたんじゃないだろうか。このままいけば誘われるだろう。流れ的に踊らなきゃいけない。男はわざとらしくホールに一瞥くれてから恭しく手を差し出した。予感が的中した。

「一曲始まるようです。名前様、私と踊っていただけませんか?」

「私は…」

「おい、てめぇ」

断れない状況に焦っていると後ろに引き寄せられた。伸びてきた腕が胸より少し下の位置で交差して包み込まれる。抱きしめられていると理解しても取り乱さなかったのは相手が誰かすぐにわかったからだ。公衆の面前でこんなことするのはあいつらしかいない。

「何調子にのっちゃってるわけ?」

「僕達、ずっと見てたけどちょっと馴れ馴れしいよね」

「あら。貴方達来てたのね」

「あら、じゃねぇよ。こんなやつに構ってんなよ」

「そーそー。叔母さんは僕達の相手をしてくれればいいんだよ」

「………」

私を抱き込んでいるアヤトは敵意を剥き出しにしている。ライトは私の肩に肘を乗せて薄く笑い、カナトに至っては私にしがみついたまま男を睨みつけている。邪魔をされた上に失礼な態度をとる三つ子に男は怒りだしたが、それよりも私は黙ったままのカナトが気になる。カナトが静かとか、不穏だ。

「お前たちは逆巻家の!!いくら名前様の甥御にあたるとはいえ、失礼じゃないか!!」

「……だ…………よ」

「は?」

「だから!!失礼なのはお前だよ!!いつまで叔母さんを独占してるわけ!?叔母さんは僕達のなんだよ!!ねぇ!!わかってるの!?」

クワッ、と目を剥き喚き散らす。カナトの剣幕に男はたじろぎ、アヤトとライトは同時に顔を顰めた。ああ、やっぱり!!こんなところでヒステリー起こすなよ!!監督不届きで私が怒られるんだから!!止めないと、と思い今にも暴れだしそうなカナトを咄嗟に抱き込んだ。

「叔母さん…?」

「いやだわカナト。私にとって貴方達のほうが大切よ。だから、そんなに怒らないでちょうだい。ねぇ?」

優しく囁くとカナトは大人しくなった。落ち着いたというより冷めたようだ。カナトの気持ちもわからなくもない。猫かぶりが過ぎるよね。さっきの台詞も自分で言っといて鳥肌がたったし。しかし、これは良い機会だ。三つ子を利用しない手はない。

一旦、カナトから離れてカナトとライトの腕に自らの腕を絡ませた。背後のアヤトに密着して首筋に擦り寄る。三つ子も男も口を開けて唖然としている中、笑みを深くする。

「ダンスのお誘い、お断りさせていただきます」

「な!!」

「貴方様といるよりこの子達といたほうがよっぽど刺激的で楽しいんですもの」

吸血鬼という生き物は総じてプライドが高い。わかっていながら、わざとプライドを傷つけるようなことを言った。狙い通り、男のプライドはへし折られたようで顔を真っ赤にして肩を震わせている。しかし、魔王の娘相手に何かしら言う度胸はないらしく閉口している。軽い気持ちで近づくからこうなるんだ。さぁ、これでトドメだ。

「アヤト、カナト、ライト。行きましょう。ごめんあそばせ!!」












三つ子を連れて夜会を抜け出す。このまま屋敷へ帰ってしまおう、と廊下を早足で進む。一応出席したんだから抜けても問題ないだろう。さっさと帰って無駄に装飾がついたドレスを脱ぎたい。

「あー疲れた。もう暫くはやんない」

「お前、本当猫かぶり得意だよな」

「母様みたいでした」

「さすが姉妹。そういうとこ似てるよね」

「やめろ!!そいうこと言うな!!」

どこか感心したような三つ子に嫌々と首を振る。認めたくない!!認めたくない…が、猫かぶりがうまいのは姉さん譲りだ。当の昔に自覚済みだよ。ただでさえ疲れているというのに姉さんに似ているなんて言われてげんなりしていると、アヤトに頭を小突かれた。痛くはなかったが唐突だったので思わず足を止めると三つ子に前方を塞がれた。

「何?」

「ババァもよぉ。あんなやつまともに相手してんじゃんねぇよ。煩わしいやつは殺しちまえ」

アヤトが物騒な発言をしたというのにカナトとライトは同意している。どうしてすぐに殺すとか言うんだ。

「気に入らないから殺すなんて短絡すぎる」

「いらないものは捨てればいいんです」

「あんなやつ庇うことないよ」

「もしかして満更でもなかったんじゃんねぇの?俺達よりあんなやつのほうがいいっていうのかよ」

カナトは胡乱げな目を向けてくし、ライトは拗ねたように唇を尖らしている。アヤトはアヤトで機嫌が悪そうだ。あんな男どうでもいいが、だからといって三つ子が私の中で大きく比重を占めているわけでもない。が、そのまま言ってしまうと面倒なことになるので言葉を選ぶ。

「お前たちといる時は、私は私のままでいられるよ」

面倒だし生意気だし腹立つしでろくでもないが、三つ子の前では構える必要も偽る必要もない。だから、とても楽だし素のままでいられる。そういうことを言っているんだけど多分、伝わっていない。その証拠に三つ子は疑問符を飛ばしている。

「どういう意味だよ」

「答えになってないです」

「なんかもやもやするよ」

「自分達で考えろ」

「「「えー!!」」」

歩くのを再開した私の後についてくる三つ子はやいのやいの言っている。あーうるさいなぁ。黙らせる方法はないかと考えるといい方法を思いついた。スカートの裾を翻して三つ子の方を向き、目を細めて艶やかに微笑む。

「私の可愛い甥っ子ちゃん達はわかってくれるわよね?」

猫がぶってやったらぽかーんとしている。ぶっ!すごい間抜け面、笑える笑える。しかし、正気に戻ったら絶対うるさくなるだろうから、今のうちに逃げてしまおう。

「私の愛の深さがわかるまでそうしていなさい。それでは、ごきげんよう」

優雅に一礼してからドレスの裾を摘まんで脱兎の如く逃げ出した。





×叔母と夜会
(って!!追ってきたし!!)









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コーデリアさんのごきげんよう!!が好きで夢主にも言わせたくて書きました。夢主は基本的に外面が良いです。



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