どこかで見たことがあるような、そんな既視感を抱かせる幼子が私を見上げている。赤い瞳に白銀の髪色は見慣れた色で、大好きな色だった。だからこそこの子が何者かすぐに悟った。お前が…と呟くけど、その後に続く言葉は見つからない。幼子は口を開いたが言葉を発しなかった。私は幼子が何と呼ぼうとしたのかを知っていたが、それを許さなかった。

それ以降、会話を交わすことはほとんどなかった。時々、遠くからその姿を見つめる程度だった。






愛情と憎悪、相反する感情が私にとっては同一であった。

本当はわかっていた。あの子は何も悪くない。『結果的』に生まれたのであってあの子自身が何かしたわけではない。それに半分しか血が繋がっていないとはいえ、あの子は家族で、この世でたった1人の弟だ。大切にしたいと思ったのも本当だった。

でも、あいつはあの男が犯した罪の証で、存在することさえ罪なんだ。あいつがいなければ母さんは壊れることはなかったはず。母さんに似ているが、あの男の面影もあるあいつを見る度に思う。お前なんて生まれてこなければよかったのに。殺してしまいたい!!!

そんな想いが同時に存在して私の心は複雑極まりなかった。










薬と術を使って無理矢理眠らせたせいか寝顔は険しかった。長い前髪を撫でる。サラサラとした手触りはあの頃と同じだ。こうして頭を撫でるのは始めてじゃない。大嫌いなはずなのに、時々、無性に会いたくなる時があった。正面きって会いにいけないから、この子の部屋に忍び込んでは寝顔を眺めていた。私がいるのにも気づかずにくーくーと眠るこの子の首を絞めたい衝動に何度かられたことだろう。だけど殺すべきなのはこの子じゃない。

時間をかけて力を蓄えた今なら母さんを救うことが出来る。逆に言えばこの機を逃せば二度と救えなくなるだろう。だからこそ、やるしかないと決断を下した。ただ一つ気がかりなのはあの男ことだ。対峙した時にどうなるか。良くて相討ち、最悪の場合は母さんを救えずに殺される………本当はこの役目、スバルのほうが適任だ。あの男の息子なだけあってそれなりに強い。私より成功する確率は高いし、生き残る可能性だって大いにある。それでも私が殺すと決めたのは二つの思いがない交ぜになっているからだ。母親殺しなんてそんな辛いことはさせたくない、穢れた存在に母さんを殺させてたまるか。何処まで行っても平行線。愛しさか憎しみか、一方だけ注ぐなんて出来はしない。愛情も憎悪も紛れもない本心で、その二つによってあの子への感情は形成されているのだから。永遠に変わらない、あの子は愛しくて憎い私の弟だ。

「そろそろ行く………おやすみスバル」

手を退けると眉間の皺がとれて気持ち良さそうに眠っている。無防備な姿に少しだけ笑った。もう一度だけ頭を撫でてから名残惜しさを感じることもなく、その場を離れた。









何処にいるかなんてわかっていた。だから迷わずに歩を進めた。探していた人物は中庭の薔薇を眺めていた。背に流れる髪が月光を浴びて輝く。数十分前に会っていたあの子と同じ、白銀の髪。母さん、と呼べば振り向いた。父さんと三人で暮らしていた頃によく見ていた綺麗な微笑みを浮かべている。正気に、昔の母さんに戻ったんじゃないかと錯覚しそうだ。だけど、それはあり得ない。一度枯れた花は再び咲きはしない。細身のナイフを握りしめて一歩一歩近づく。

母を殺すのに、死ぬかもしれないのに、私の心は穏やかで自然と笑っていた。どんな形であれ、解放される。母さんの苦しむ姿を見ることもない、あの男にかしずく必要もなくなる―――もう、弟を憎まずにすむ。





愛してた、でも憎かった



どうか幸せに、いや、苦しんで










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お題、告別様より
「愛憎の羅列」使用



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