「シンデレラは王子様と末永く幸せに暮らしましたとさ。お終い」
「素敵なお話ですね」
「でしょう?どの時代においても女の子はこういうの好きだよね」
「けっ。くだらねぇ」
「何か文句がありそうなですね土方さん」
「その女しか履き物があわないなんて都合がよすぎるんだよ。普通、町中探せば一人や二人は見つかるはずだ」
「そんな現実的に考えなくても。土方さんは夢がないですね」
「はんっ。夢で腹が膨れるか」
「そういう話しじゃないでしょう!!もう!!」
「あの、土方さんも名前さんも落ち着いてください」
鳴り響く鐘はさよならの合図だ。
「お世話になりました」
「………おう」
どういう原理かわからないが、名前は未来に帰れるらしい。しかもそれが彼女にはわかるのだ。方々に挨拶を済ませた名前が最後に会いに来たのは俺だった。必要最低限の言葉を交わして名前は口を閉じた。黙ったまま帰っちまいそうなので俺から声をかける。
「お前は覚えてるか」
「何ですか」
「千鶴に聞かせていただろう。ほら、履き物どうのって女の話し」
「履き物…ああ。シンデレラですか?」
そんな話ししましたね、と懐かしんでいる。名前が千鶴に話していたお伽噺話。たまたま暇だったから一緒になって聞いていたが、色々とありえない展開に文句をつけたら大喧嘩になった。
「シンデレラがどうかしましたか?」
「男は女が残していった履き物を手がかりに探しだすんだったな」
「そうですよ。ガラスの靴が王子様とシンデレラを繋いだんです」
「だったら俺にも何か残してけ。その男と同じようにお前を見つけ出すから」
名前の目が見開かれる。馬鹿なことを言ってるのは百も承知。本当は手放したくないけど、お前が帰るのを止められない。ならばお前がいた証を手に見つけ出してやる。
物怖じせず、誰にだって言いたいことを言っていた。非力なくせに鬼に拐われそうになった千鶴を守ろうとした。穏やかに笑う娘だった。時々、影で泣いてんのも知っていた。全部ひっくるめていつの間にか愛しくなっていたんだ。諦めるなんて出来るわけがない。
「何を言って…シンデレラと状況が違います。しかもあれはお伽噺ですよ?同じようになると思ってるんですか?」
「鬼の副長なめんなよ。やってやらぁ」
「本気なんですね」
「ああ。俺は本気だ」
「何それ…っ、散々馬鹿にしてたくせにっ」
名前の瞳から涙が零れ落ちる。真っ正面から泣き顔を見るのは初めてだ。拭ってやろうと腕を伸ばすが、指先は彼女の頬をすり抜けた。愕然となる。
「名前!!早く何か寄越せ!!」
「駄目です。私達はシンデレラと王子様にはなれませんよ。だって、どうしたって越えられない壁があるでしょう?」
「それはっ…」
正論言われ、言葉を詰まらせる。周りの風景と同化しちまいそうなぐらい薄くなった名前は微笑んだ。それがあまりにも綺麗だったから、目を奪われる。
「探しちゃ駄目ですよ。王子様」
泣き笑いは瞬き一つで掻き消えた。まるで最初からそうであったかのように部屋にいるのは俺だけになる。動けなかった。動いてしまえば名前がいた余韻が消えてしまいそうな気がした。
どれほどの時間そうしていたのか。太陽が傾き西陽が差し始めた。ふと思い当たることがあって、俺は自室を出る。向かった先は名前の部屋。襖を開けると中は整然としており、人がいた痕跡がまるでない。薄暗い室内の隅っこにあった行李、目当ての物を見つけて蓋をあける。名前はそこに日常品や大切な物をし舞い込んでいたが、空っぽだった。僅かに抱いていた希望は粉々に砕け散る。帰るとわかった瞬間から何も残すつもりなんてなかったんだな。
俺は本気だった。どんなに時間がかかろうとも、手がかりを頼りに見つけ出すつもりでいた。だけど、彼女自身が探すことを許してくれなかった。俺に残されたのは思い出と、名前への想いだけだった。
恋の幕引きを叫ぶ鐘
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お題、夜風にまたがるニルバーナ様より
「恋の幕引きを叫ぶ鐘」使用