「放せよ馬鹿!!」
「年上は敬え!!」
「いってぇ!!」
ただでさえボロボロな歳三の頭に拳骨が落とされた。痛みに悶絶する歳三を無視して名前は進む。半強制的に手を繋いでいるので立ち止まることが出来ない。
ガキ大将とその腰巾着共と大喧嘩していた歳三を探しに来た名前は彼にとっては目の上のたんこぶだった。年上だからと大人ぶって世話を焼く。この上なく鬱陶しいが親代わりである姉の友人だから邪険に出来ずにいる。
「頼まれて探しに来てみたらまた喧嘩して…本当、仕様がない子ね」
「トドメ刺したのは名前だろっ、いたっ!!!」
「殴るわよ」
「もう殴ってる!!」
歳三が睨み付けるが名前は意に介さない。名前はお淑やかとはかけ離れた口より先に手が出る女だ。先程も止めに入るどころか歳三を馬鹿にしたガキ大将の顔面に拳をめり込ませていた。それが決定打になって彼らは逃げ出したのだ。
「どうせ女顔って馬鹿にされてキレたんでしょう?」
「………」
「まぁ、歳三は色白で顔が整ってるからねぇ。その上ひょろっこいから女の子に見えるのも仕方ないさね」
「うるさいっ!!馬鹿にすんなよ!!!」
「男の子のくせに泣かないの!!」
「泣いてねぇ!!」
「痛い!!このっ、何すんのよ馬鹿三!!」
「うっさい男女!!」
お前が悪い!!何言ってんの悪いのはあんたでしょう!!と、繋いだ手は解かぬまま、空いている手でお互いの髪や頬を引っ張り合った。道のど真ん中で勃発した喧嘩は、双方が疲れたことによって収束する。
「帰るわよ」
名前に手を引かれて歳三も歩き出す。反抗する気も起きなくて大人しく従う。黙々と歩いていると名前が咳き込み始めた。雑音が混じる、聞いてる者が不安になるような咳だ。クイッ、と歳三が手を引っ張れば名前が振り向いた。今更だが顔色が悪い。
「具合悪いのか?」
「平気、問題ないわ」
「最近よく咳してる」
「風邪が長引いてるだけよ。そんなことより歳三あんた強くなりなさい」
「何だよ急に。俺は年上にも負けないぐらい強いよ」
「もっとよ。誰にも負けないぐらい強くなるのよ」
強くなれ。これが名前の口癖だった。そこまで拘る理由がいまいちわからないが、元より誰が相手でも負けるつもりはない。わかってる、と歳三が言えば彼女は一つ頷いた。
こそこそと、今の歳三は怪しいとしか言いようがなかった。彼は一軒の民家に入り込んでいた。
「何してやがる、あの男女」
とんと姿を見せない人物に悪態をついた。ここ数ヶ月、名前と会っていない。見かけなくなったことを不審に思った歳三は姉に訊いてみたがはぐらかされるばかりだ。名前の家に行っても面会拒否で何があったかすら教えてくれない。このままでは埒があかないので忍び込んだ次第だ。
「こっちか?」
名前の家も豪農と言われるだけあって広く、加えて始めて入るのでどこにいるかわからない。こういう時は己の勘に頼るのが一番だ。歳三は縁側を歩く家人をやり過ごして奥へと進んだ。そんなことを何度か繰り返し、本邸と廊下一本で繋がっている離れを見つけた。障子が全開になっているから中の様子はよく見える。しかしそこにいるのが誰かわからなかったのは、布団に横たわり咳き込む姿があまりにも弱々しかったから。
「歳三…?」
呆然としている歳三に気づいた名前が上半身を起こした。痩けた頬に青白い肌。落窪んだ眼が大きく見開かれる。何か言おうとして開いた名前の口から出たのは声ではなく咳だった。空気が混ざったような濁った咳。肩で息をする名前の、唇に着いていた血を見て歳三は一歩踏み出していた。
「駄目よ」
駆け出そうとした足が動かなくなる。名前が放った言葉は強い拘束力を持っていた。
「私は肺を患ったの。これは人から人へとうつるから、だから近づいては駄目。帰りなさい。もうここへ来てはいけないよ」
病に蝕まれても尚、強い眼差しが歳三を縛り付ける。帰れと言われても帰れなかった。さりとて傍にも行けない。その気になれば言い付けを破って近くに行ける。だけどどうしても出来ないのは、名前を悲しませることも困らせることもしたくないから。
「どう、して…」
いつも迎えに来てくれたじゃないか。取っ組み合いの喧嘩もしたじゃないか。手を繋いで一緒に帰ったじゃないか。なのにどうして。ねぇ、どうして?拒絶するんだよ。
「泣かないの。男の子でしょう」
「嫌だよぉ、名前………嫌だ!!!」
「駄々をこねないで。もう童じゃないんだから。ね?」
「うぇ…ひっく、ぅ、ふっ………」
「歳三。聞いて、よく聞いて」
泣きじゃくる歳三に名前は何度も何度も繰り返した。
強くなりなさい
今思えばあれは自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。病気に負けないように、泣かないよう。そして自分がいなくなっても悲しまないように、強くなれと言ったのだろう。
「あんたの言う通り強くなったぜ。鬼って呼ばれるぐらいにな」
土方は所用があって江戸に戻ってきた。暇が出来たからと言い訳をして来た墓参り。土の中で眠る彼女に語りかけながら土方は自嘲した。
「俺も情けねぇ野郎だ……―――言いつけ守って強くなれば、」
あんたが戻ってきてくれるんじゃないかって馬鹿みたいな幻想抱いてたんだよ、ずっと。
もうあなたのことで泣かないように
(強くなったんだよ)
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薄桜鬼の土方さんのつもりで書きましたが、別に薄桜鬼じゃなくてもいい気がします。むしろオリジナルに近い…?
お題サイトユグドラシル様 狂い咲く10題より
「もうあなたのことで泣かないように」使用