どたばたと存在を主張するような足音に、中在家長次は文字を追いかけていた視線を上げ、障子へと顔を向けた。
数秒後、すぱーん!と勢い良く左右に開かれた障子の向こうから飛び込むように部屋に入ってきたのは、やはり彼の予想通りの男だった。

「長次!」
「……障子は静かに開けろ」

お前はまた壊す気か。
今まで一体何枚臨終させてきたと思っているのだと、溜息交じりに注意してはみるが、相手を考えれば無駄な行為でしかないような気もする。
やれやれと、再び広げた書物に目を戻した長次に、相手――この部屋のもう一人の住人七松小平太はじれたように「長次!」と再度名を呼んだ。

「何だ?」

ずかずかと室内に入ってきたかと思えば、文机を挟んで長次の真正面にどかりと腰を下ろす。刺すような視線に、これ以上の読書を諦め、長次は顔を上げた。

「朔を見なかったか?」
「朔?」

普段笑顔の印象の強い友人が珍しく真面目な顔をしている。それだけで首を捻るには十分だったが、その小平太の口から飛び出した名に、長次は更に首を傾けた。

「ああ、朔だ」

朔。
その名が指す人物はこの学園内にひとりしかいない。長次、小平太と六年間同じ教室で机を並べてきた友人である。

「いや…。見ていないが」

午前中には授業があったので教室で顔を合わせている。しかし昼食を挟んで午後、長次は一人図書室に寄りそのまま自室に引き上げてきたので朔の姿は見ていない。

「部屋にはいないのか?」

空き部屋をひとつ挟んだ向こう、長屋の角部屋が朔の自室だ。その方角を軽く指すが、小平太はあっさりと首を振って否定した。

「部屋にも行ってはみたけれど、いないんだ」
「なら委員会じゃないのか?」

六年ろ組の学級委員長であり、学級委員長委員会委員長でもある朔は学級委員長委員会室にいることも多い。そこは覗いたのかと訊ねると、そこにもいなかったと返される。

「伊作の所にもいなかったし、仙蔵たちも見ていないんだ。長次は知っているかと思ったんだけど…」

そうか、知らないか。

「…………小平太」
「ん?何だ?」

小平太の頭と尻にぺしょりと垂れ下がった耳と尻尾が見えた、気がした。いや気のせいだ。うん気のせいだ。
目が疲れているのだろうかと揉み解すように眉間を押さえる長次に、小平太は不思議そうな顔をする。

「長次?どうかしたのか?」
「いや……朔に何か用か?」

誤魔化し半分、探し回る理由がふと気になって疑問を口にする。
小平太は気にする風でもなく、「用という程のことじゃないけど」と探し回る理由を答えた。

「裏々山にアケビの群生地を見つけたんだ」
「アケビ?」

薄紫の美しい果実を思い出しながら繰り返すと、小平太が笑って頷いた。

「そう、アケビ。委員会でマラソンをしていた途中で見つけたんだけど、その時はまだ熟れていなくてさ。そういえばそろそろ食べ頃だなと思って」
「ああ、それで朔を探していたのか」

六年の中でも小柄なくせに、妙に食い意地の張っている友人はアケビ狩りに誘ってやれば確かに喜ぶだろう。本人が聞けば失礼なと憤慨しそうなことを思いつつ、得心がいったとばかりに長次は小さく笑った。

「長次も行くだろう?アケビ狩り」

疑問形ではあるものの、小平太は半分は決定事項のように口にする。

「……そうだな。付き合おう」

ちらりと格子窓へ目を向ければ、四角に切られた青が見える。この上天気、外に出るのも悪くはない。
ぱたりと書物を閉じる長次に、「そうこなくちゃ」と小平太が跳ねるように立ち上がる。

「だがまず朔を見つけることが先だな」
「うん、そうなんだ。小松田さんに確認したけど、外には出ていない」

忍術学園のサイドワインダーの異名を取るあの事務員が、無断外出を見逃さないはずはない。ならば朔は学園内にいるのだろう。いくら敷地が広いとは言え、それならば早々に見付かっても良さそうなものではあるが。
何せ探しているのは獣並みの五感を誇る体育委員長だ。別に朔は小平太から逃げ回っているわけでもないだろうし、まさか意図して隠れているとも考え難い。
思案しつつそういえば肝心なことをまだ聞いていなかったと思い出す。

「…ところで小平太。お前、どこを探した?」
「ん?どこ?そうだなあ、まず朔の部屋を覗いて、図書室を見て、保健室に行って途中で会った留三郎に訊いただろう?それから学級委員長委員会室、食堂、校庭も見たし…あ、会計委員会室にも行ったな」

文次郎が苛々していた。

「朔を知らないかと訊いたら『そんなもん知るか!』って怒鳴られた」
「…ああ。予算会議が近いからな」

現在通常二割増で隈の濃い友人の顔を思い出す。会計委員長として目前に控えた予算会議を前にぴりぴりしているのだろう。気の毒に。

「だろうなあ。アケビたくさん採ってアイツの所にも持っていってやるか」

腕を組み、小平太はひとりうんうんと頷いている。それには長次も「そうだな」と同意を示しておいた。
いや予算会議は我々も他人事ではないんだが、というまともな意見はこの際胸の奥に仕舞っておくことにする。今はそれよりもアケビ狩りで、その為にまず朔を捕獲しなければならない。
探していない場所を探すように指折り数え、そしてふと気付いた長次は並んで立つ友人へ顔を向けた。

「……小平太……」
「どうした?」
「お前、五年長屋は行ったか?」
「五年長屋?……あ」

しまった、と語るその表情がすべてを物語っている。
長次の記憶が正しければ、自分たちと同じく五年も今日は午後から休みであったはずだ。朔に懐いているあの五人は、時間が合えば何かしらの口実を見つけては親犬の周りでじゃれる仔犬よろしく、朔の周りに張り付いている。

「おそらく、そこだろう」
「…だろうなあ…。朔のヤツ、昼飯の時にでも捕まえておくんだったな」

うーん、と何事かを考え込む親友に結論を知りながらも「どうする」と声を掛ける。
「ん?そんなの決まっているだろう?」と顔を上げた小平太から出た言葉は、やはり予想と寸分違わなかった。
学園が誇る体育委員長、別名暴君は、にッと笑い至極当然の事実を語るように一言こう言った。

「勿論、返してもらいに行く」


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