「あ、あの、先輩。私は何かまずいことを…?」
「へ?い、いや大丈夫。うん本当に大丈夫」
「そ、そうですか?」
「この紅も嬉しいよ。せっかくだし、ありがたく頂くよ。三木ヱ門たちにも、伝えてくれるかな」
ようやっと、ほっとしたような顔をして、滝夜叉丸が「伝えておきます」と頷く。
「では、先輩方。私はこれで失礼します」

何か一仕事やり遂げた清々しさを滲ませながら滝夜叉丸は去っていった。
残されたのは私と、紅と、返って来た簪と。

……変な沈黙だった。

振り返りたくない。ものすごく振り返りたくない。
背後から漂う変な空気なんて誰が確かめたいと思うだろうか。いや思わない。
これは逃げた方がいいかもしれない。何から、なんてわからないけど、逃げた方がいいに違いないと本能が危険を察知して警鐘を鳴らしている。
腰を上げようとした私だけれど、それは脇から伸びてきた腕によって阻まれることとなった。
私の脇からにゅっと伸びてきた腕は私を通り過ぎ床に置かれたままの貝を拾い上げる。

「あいつらも妙なところで真面目だなあ」

呆れ半分感心半分と言ったように貝を取った文次郎が呟く。
文次郎と紅。激しく似合わないが、それはこの際どうでもいい。

「ちょ、ちょうど良かったじゃないか。これ貸すからそれで問題解決だろう?」

何て名案!とばかりにそう言うが、五年生一同は顔を見合わせ、それから揃いも揃って困ったように私を見た。え、何。

「それはそうなんですけど」
「そうなんだけど何、勘右衛門」
「そうなんですが先輩」
「だから何、三郎」
「その紅は、四年生が先輩にお礼に持ってきた紅、ですよね?」
「うん、そうだね雷蔵」
「それを真っ先に俺らが使うのはちょっとやっぱりまずいんじゃないかなーなんて」

思うんですがと、八左ヱ門が苦笑い。

「なので先輩」
「な、何だい兵助。どうでもいいけど顔が近いよ」

睫毛長いな相変わらず!

「先に使ってください」
「……は?」
「なるほど」
「いや仙蔵。何がなるほどだ。勝手に納得するなよ」
「朔が使えば、五年も借り受けやすいということだ」
「解説ありがとう長次、でも敢えて目を逸らしていたんだってことにも気付いて?」
「いいじゃないか朔」

がしり、と小平太に拘束され、身動きが取れなくなる。嫌な予感が嫌な確信に進化しようとしていた。

「久々に女装してみれば」
「絶ッッッッッ対に嫌だ!」
「えー。そんなに全力で拒否しなくてもいいだろう。私も久々に朔の女装が見てみたいし」
「嫌だったら嫌だ!」

頑なかつ全力で拒否する私、三郎がふと思い出したように首を傾げた。

「でも先輩。昔は普通に女装もしてませんでしたっけ?」

確かに、昔――それこそ低学年の頃は女装したこともあるさ。だけど。

「そうですよ。昔俺や三郎とお使いに行く時とか」
「あれは学園長先生が姉弟を装って行きなさいとか言うから……!」
「でもそれに従う程度には拒否感なかったじゃないですか」
「そう言えばそうだよな。朔が女装しなくなったのは、上級生になってから、か」

独り言のように呟く留三郎の声に、思わず過剰に反応してしまった。

「…朔?」

びくりと肩を揺らした私を仙蔵が見逃すはずもなく、秀麗な顔ににやにやと意地悪い笑みを浮かべ私の顔を覗き込む。

「う…」

ふい、と視線を逸らせば、仙蔵がくつくつと咽喉を鳴らして笑った。

「どうあっても言わない、か。ならばそれでもいいだろう」
「せ、仙ちゃん悪役っぽいね…」
「褒め言葉と受け取ろう」

ふふ、と仙蔵はそれはそれは綺麗に笑う。

「まあしかし、言わないというのなら、だ」
「な、何」
「あれは三年の冬だったか。お前は山で……」
「わあああああ!!言う、言うからそれは止めて!」
「な、何があったんですか先輩」
「気にしちゃ駄目だよ雷蔵!」

こうあっては口を噤むわけにもいかず、私は渋々口を開いた。

「アレは忘れもしない。四年の時の女装実習……」
「お前……まだアレを引きずってたのか……」
「ちょ、留!可哀想なものを見る目で私を見るな!つか文次郎、お前ひっそり笑うなばれてるから!」
「四年の女装実習でどうしたんですか?」
「こいつらが…」

言って六人を指差せば、五年生は揃って不思議そうな顔をした。

「こいつらは街で色んな人に声かけられるのに、私にだけ誰も誰一人近付いても来なくってね…」
「え、まさか」
「まさかだよ。それって私の女装がそんなにひどかったってことでしょう!?だから私は決めた。金輪際女装は避けると!」
「…可哀想になあ」
「文次郎にしみじみ言われると本気で泣きたくなるから止めて」

文次郎はそれ以上慰めを口にはしなかった。代わりに何でか頭を撫でられた。余計傷付くよそれ。
そんなことをしていたから私は気付いていなかった。

「……善法寺先輩」
「何だい、鉢屋」
「本当なんですか、今の話」
「うーん…半分本当で半分は勘違い、ってところかな」
「勘違い?それってどういう…」
「ん?それは…」
「それは?」
「秘密」
「は!?」

ひそひそと話す伊作と三郎の会話なんて、やはりかしましくぎゃあぎゃあ騒ぎ始めた周囲にかき消され、私の耳に届くこともなかったのである。



めぐり巡るそんな日々
(20110705)


ひよりん様リクエストで『天女投下前の天泣夢主と5、6年(できれば4年も)でほのぼの』でした。すみません、異様に長くなってしまいました…。恐らく人数が多い為かと思われます。結果四年は滝夜叉丸のみの登場となりまして、四年生を期待されていましたら申し訳ありません。天女投下前の彼らはこんな感じです。少しでも楽しんでいただければ幸いです。今回は素敵なリクエストありがとうございました。


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