「小平太……はいいや」
「いいやって何だいいやって」

手始めに隣に目をやってすぐさま自分で否定する。

「だってお前も持ってないだろう、紅なんて」
「うん持ってないけど」

ほら見ろ。同級生たちに順繰りに視線をやるが、長次も留三郎も文次郎も持っているようには思えなかった。変装道具の一つと言えばそれまでだけれど何か持っていられても複雑なのは、私が勝手なのだろうか。
などと私に思われているとも知らない彼らは、私の視線に首を振って見せる。

「え、伊作も持ってないの?」
「うん、ごめんねー。最近使ってないからさ」
「ああ…最近女装するような実習ないもんね…」

となると最早我ら六年最後の砦が唯一の頼み綱である。

「せんぞ」
「残念ながら持ってない」
「いやまだ全部言ってないけど…え、持ってないの!?」
「何だその驚きは」
「そこは持っておこうよ!作法委員長!」

使うでしょう。作法的なあれやこれやで。主に死に化粧とか。

「さらりと言ってくれるな。まあ確かに必要ではあるんだが、生憎切らしているんだ」

左様ですか…。五年生と一緒にがくりと肩を落とせば、「しかし…」と仙蔵が顎に手をやり思案するように呟いた。

「これは由々しき事態だな」
「へ?」
「考えても見ろ。六年、五年とプロに近いとされる我々が紅の一つも常備していないなどと気の緩みではないか」
「いや別にプロだからって常に紅持ってるわけじゃねェだろ…」
「むしろ必要時に持ってりゃそれでいいわけだしな」

いつもギンギンに忍者している会計委員長と武闘派用具委員長が珍しく一致したまともな意見だったが、作法委員長様の前では華麗にスルーされる運命にあった。

「よし、次の休みには街へ行くぞ」
「……で、化粧道具揃えんの?頑張ってね」
「何を他人事のように言っている。六年全員でだ」
「うえええ!?私別にいらない!」

全身で拒否を表現する私に小平太が笑う。

「朔は女装の授業はいつも欠席だもんなあ」
「だからどうせ使わない…だろう?」

長次までが小さく笑う。何だか自分がわがままを言っているみたいで、誤魔化すように「だってさあ」と唇を尖らせた。

「欠席?女装絡みは全部、ですか?」

図書委員であり、その点委員長に気兼ねしないということもあってか、雷蔵が長次に尋ねる。

「ああ、そうだ」

止めてくれ五年生たち。興味半分不思議半分の目で見るのは。

「何でですか?」
「それに関しては答えられない」
「でも先輩。授業をサボるってことですよね。どうやって?」

一体何の興味何だと突っ込みたいが、きらきら輝く目に押されて思わず言った。

「え…そりゃ先生に言うんだよ」
「先生に、って何を」
「だから」


『腹が痛いので授業は休みます』


「……先輩。それ直接言うんですか」
「うん」
「なんつーか、あれですね」
「どれだい八左ヱ門」
「男らしいですね」
「…………」
「よ、よかったな朔、後輩に認められたぞ!」
「留三郎…君の優しさが何か痛い」

爆笑する六年たちを睨むが一度湧いた笑いはそうそう収まらない。ぎゃあぎゃあと騒がしい私たちだったが、近付いてくる少し緊張気味な足音に全員がぴたりと動きを止めた。
足音は私の部屋の前で、止まった。

「蓮咲寺先輩、ご在室でしょうか?」

障子越しに掛けられた生真面目な声に、室内のほぼ全員の目がそちらに向いた。
ん?この声は。

「いるよ。お入り、滝夜叉丸」
「失礼しま、す…」

すらりと障子を引き開けて顔を覗かせたのは四年い組平滝夜叉丸だ。その秀麗な顔が一瞬固まったのは、仕方がない。私しかいないと思っていたのだろうが、開けてみれば五年六年勢ぞろいである。

「どうされたんですか、先輩方お揃いで」

それでも普段から成績優秀を自認する後輩は、慌てる事もなく招く私に応じて膝を進める。

「いや…うん、まあ色々とあってね」

まさか紅ひとつでここまで騒いでいたとは言いづらい。
はは、と曖昧に笑う私に滝夜叉丸は首を傾げるが、賢い後輩はそれ以上突っ込んで尋ねようとはしなかった。

「それよりどうしたんだい?私に何か用?」
「ああ、そうでした。以前、先輩にお借りしたものをお返しに来たんです」

今度は私が首を傾げる。

「私何か貸したっけ?」
「ええ。ほら、先日の四年合同実習の」
「四年合同……ああ、あれか」

これまた奇遇というべきか、先日行われた四年の合同実習も女装絡みだった。その際、滝夜叉丸たちの髪を同じく四年の斉藤タカ丸が結ったのだが、元髪結いである為髪型には並々ならぬこだわりを持つ彼に頼まれて、私は手持ちの髪飾りを貸したのだ。

「ありがとうございました」

綺麗に頭を下げる後輩に笑みが浮かぶ。

「いいよ。どうせ私は使わないしさ。使ってもらえればこれも嬉しいだろう」
「そう言っていただけると」

六年の長屋へ来るということで少しは緊張していたのだろう。加えて来て見れば五年六年勢ぞろい。肩に力も入ろう。へにゃり、と安心したように笑った顔が年相応の幼さを垣間見せて、私も笑い返した。
ありがとうございました、とまた丁寧に口にして、滝夜叉丸は懐から貸していた髪飾りを取り出し、私の前に置いた。

「……って、あの、滝夜叉丸?」
「はい?何ですか?」
「私が貸したのは、簪、だよね?」
「ええ、そうです」
「じゃあ何。これ」

言って私が差すのは、簪と、隣に置かれた貝である。まさか生の貝、というわけではない。薬などを入れるための貝殻だろうけれど。もうひとつ、貝殻に入れられるものといえば。…いやまさか。そんな都合よくはいくまい。
しかし滝夜叉丸は真顔で言った。

「紅ですが」
「うんそうだね。やっぱりね。見ればわかるんだけどね。でも何で紅?」
「皆でお礼に何か先輩へ贈ろうという話になりまして」
「そんな気をつかわなくてもいいのに」
「いえ、そういうわけにはいきません。で、最初は峠の茶屋の大福にしようと思っていたんですが」
「あそこの大福、美味しいよね」

ニコニコ笑う伊作に、滝夜叉丸は生真面目に「そうですね」と答えてから話を戻した。

「出かけようとしたところでちょうど、あるひとと校門前で会いまして」
「あるひと?」

やべ、何か嫌な予感しかしないんだけど。

「先輩はああ見えて綺麗なものや可愛らしいものがお好きなところがあるから、飾りや化粧道具の類が喜ばれるという助言を頂いたんです」

それで、四人で選んだんですが。

「お気に召しませんでしたか?」

滝夜叉丸の綺麗な顔が不安げに曇る。私は慌てて顔の前で手を振った。

「あ…ははははは…。あー…うん、ありがとう。四人で選んでくれたの?その気持ちが嬉しいよ。いやほんとすごく!」

特に何かとライバル意識をむき出しにして張り合う滝夜叉丸と三木ヱ門が並んで選んでくれたのかと思うと、その姿を想像するだけでとても和む。癒される。
私のため、と思うととても嬉しい…んだけど。

「あのさ、滝夜叉丸。ひとつ聞いてもいいか?」
「はい。何でしょうか」
「その、お前たちに助言した『あるひと』ってさ」
「はい!タソガレドキ忍組頭の」
「あー雑渡さん!」
「やっぱりかあのひと…!」

ことある毎に女物の着物や小物、化粧道具を土産と称して押し付けてくる養父の顔が頭に浮かぶ。最近私が受け取ることを渋り始めたから次なる作戦に出たとしか思えない。後輩からの「お礼」なら受け取らざるを得ないとわかっていてあのひとは…!今度陣内さんにから一言言ってもらおう。どうせ私が言っても聞きやしないんだから。…まったく。
低く地を這うような私の声に、滝夜叉丸のみならず五年生たちもびくりと肩を揺らす。


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