「あれ?というか、三郎」 「はい?何ですか」 「お前、紅くらい持ってるだろう?」 千の顔を持つ天才と称される後輩は、変装道具の一つとして化粧道具くらい常に所持しているはずだ。それを使えばいいじゃないかと言えば、三郎は珍しく気まずげに目を伏せた。 「その、いつもなら持っているんですが…」 「今はないの?ていうかそもそも紅なんて何に使うのさ」 私の疑問に、五年生たちは揃って目を逸らした。どういうことだ。何かやましいことでもあるとしか受け取れないんだけどその反応。 「三郎?」 「い、いや…その…ちょっと…」 ちょっとって何。 この私の疑念は、斜め方向から晴らされることとなった。 「ああ、もしかしてアレか?」 「アレ?アレって何さ、小平太」 「この間、五年の合同実習があっただろ?」 「五年の?…ああ、そういえば」 五年生不在ですることもなかったので、一年の二人を連れて学園長のお使いついでに団子を食べに行ったっけ。 「それが何か関係あるの?」 「七松先輩、その話は!」 勘右衛門が慌てて制止をかけるが、最早遅かった。 「あれは複数班に分かれてやるだろう?どこぞの班とどこぞの班が揉めて、追試になったと聞いたんだがお前たちか」 「追試になったの?」 「……ええ、まあ」 悪気など一片も感じさせない笑顔を向けられれば、反論もできないのだろう、気まずげながらも五年生たちは頷く。 しかしそれで紅がどう関係するのか未だにイマイチわからない。首を捻っていると観念したのか、三郎が渋々と言った体ながらも事のあらましを話し始めた。 つまりはこう言うことである。 実習自体に問題はなかった。三郎たちの班は、無事に課題をこなし、それで終了するはずだった。のだが。 『久々知の役を竹谷にやらせてみろよ。どうせ見れたもんじゃないだろ?そしたらこんなにあっさり終わりもしなかっただろうさ』 兵助の役とは女装し敵の注意を引く事、だったらしい。五人の中では比較的細身である兵助と、大柄な八左ヱ門。女装がより似合うのはどちらか。単純な選択だった。 秘伝書に曰く、『違和感を感じるのであればやらない方がマシ』とまで言われる変装であるのだから、その結論は多分正しかった。必要に迫られて骨格がすでに出来上がりつつある六年でも女装することはあるが、この場合はひとり女装すれば済む話で、それを兵助がやったというだけのことだ。 しかし以前から何かと三郎に突っかかってくる忍たまのいた班は、自分たちの成果が三郎たちに劣ると判断された事が気に障ったらしい。散々以前の実習時の八左ヱ門の女装姿を引き合いに出し話を引っ掻き回した挙句、三郎たちと揉めに揉めてしまったというわけだ。 「……で、同じような内容で追試をすることになって?」 「今度は竹谷の女装でこなしてみせると啖呵を切ったわけか。お前らも中々面白いことするなあ」 「小平太。感心するところじゃないから」 まったくもう、実習なんだから冷静になりなさいよ。 こぼれる溜息に、五年生たちが俯く。一応反省はしているらしい。戦場で冷静さを欠くことが命取りになる職業柄、実習といえど易々と相手に乗せられるなど、それが例え身内であってもそうあってはならない。 「でもまあ、仕方ないか」 やれやれと、私は肩を竦めて見せる。 「え」 「私たちも昔はよくあったもんなあ」 懐かしいなあと小平太は笑う。釣られるようにして、私も苦笑した。 「朔もよく馬鹿にされていたからな」 「そうそう、私もよく……ってえ?」 今度は何だ! ぐるりと首を巡らせると「どこを見ている。こっちだこっち」と勢い良く逆方向へ回される。 「あだだだだ!もげる!首もげる!生首フィギュアじゃなくて生首になるからやめて!」 「そう簡単にもげると面白くはないからな。もげたら伊作、お前接いでくれないか?」 「うーん。さすがにもげたらちょっと難しいかなあ…。長次、何かいい方法載ってる本てない?」 「いや、見たことはないが…探してみよう」 「いや待て長次。探さなくていい。ついでに言えばそんな本貴重な予算で買うなよ!?」 「つかお前らの会話が怖ェよ……」 「ひとの頭の上で会話しないでよ!ていうか仙蔵、首!首痛い!」 「ああ、悪い悪い」とまったくちっとも欠片も悪いとは思っていないような爽やかな笑顔で、仙蔵が手を離す。 ぽんと現れた我が同輩たちは、これまた勝手に腰を下ろし当然の顔をして話に加わってきた。 「……お前らもいたの」 「いたら悪いか」 「いやそうは言ってないけど」 仙蔵さん笑顔怖い。 「小平太のやつがバレーするってんで集まったんだよ」 やれやれと言わんばかりに説明してくれたのは、留三郎だ。 「で、お前を呼びに来たんだけど先客がいただろう?小平太が様子見に行って帰って来ねェから、全員で来たんだ」 「それはいいんだけど、どこから聞いてたの?」 「朔の女装がどうこうってところかなあ」 「結構前だね!ていうかどこから聞いてたのさ!」 「障子の裏だ!」 「……文次郎、結構かっこつけて言ってるけど要するにそれ普通の立ち聞きって言わないか」 「立ち聞きだからな」 「あっさり肯定しないでよ」 「あーもうほらほら。朔も文次郎も落ち着いて」 「いや私たちまだ一度も興奮してないよ、伊作くん」 駄目だ。何か話が進まない。 余裕があったはずの室内はでかい図体が六つも増えたせいで心なし何だか窮屈だし。 「えーと、で、結局紅だよね!」 「朔先輩。結構強引に話を戻しますね」 「そりゃそうだよ、勘右衛門。でないとこの話日暮れまでに絶対終わらないよ」 「……確かに」 苦笑する雷蔵に、こんな六年で呆れられていないことを祈りつつ、とりあえず紅だと頭を切り替える。 五年生に頼られながらも申し訳ないが、私は紅を持っていない。ということは他の誰かに借りなければならないのだが。 |