嵐の訪れは、いつも唐突だ。慣れてしまえばどうってこともないけれど。 「朔」 「んー。何」 部屋の主である私に断りもなくずかずか踏み込んできたかと思えば、七松小平太はこう言った。 「バレーしよう」 「無理」 遠慮の欠片もない相手には返す言葉も同様である。すっぱり切って捨てた私に、小平太は「むむ…」と唸り声を上げる。 「何故だ」 手元に向けていた視線をちらりと小平太へ移せば、予想通り声と同じく不満げな顔をしていた。 下級生のように露骨なその反応は、小平太らしいといえばそうで、続いた行動もまたそうだと言えなくもなかった。が。 「なあ朔!」と私の肩を掴んで揺さぶるのは止めてくれ。お前はいくつだ。それ以前に自分の馬鹿力をいい加減自覚してくれ。 がくがく揺さぶられながら、思わず溜息をひとつ吐いた私は悪くない。 「小平太、見りゃわかると思うんだけどさ」 「うん?」 「私は忙しい」 「は?」 私の一言に、小平太は丸い目を更に丸くして私を見つめた。 え、何。何できょとんとしてんの。見りゃわかるだろうこの部屋の惨状。そこから推測しようよ。 赤、青、黄色。色とりどりの薄紙が床の上に散らばり、文机の上には同じ色の造花が所狭しと並べられている。 「はい、コレ見てわかる事は何?」 「造花作りのバイトか?」 こてり、と幾分幼い仕草で首を傾げながらも、迅速にかつ的確に結論を導き出した辺りさすがは忍たま六年生と意味もなく感心しつつ、私は「だから忙しいんだよ」と言い聞かせるように繰り返した。 「これを今日中に終わらせないといけないんだから」 「今日中に?」 「そう、今日中に」 今日中に出来上がらなければ困るのはきり丸だ。そう告げれば、小平太はようやく納得したのか「なら仕方ないなあ」としきりに頷いている。 「お前は相変わらず後輩に甘いなあ」 苦笑交じりにそんな事まで言われて、私は思わず唇を尖らせて反論する。 「小平太だって、たまに手伝ってるじゃないさ。長次と文次郎と一緒に」 可愛い後輩に頼まれたのだから仕方ないではないか。 「まあそうだな」 うんうん、と頷き小平太は腰を上げた。 てっきり諦めて文次郎や留三郎辺りのところへ向かうのかと思いきや、小平太は私の前に腰を据え直し、青い花をひとつ摘んだ。壊れ物を扱うようにそろそろと掲げ、じっと見つめている姿は何だか面白い。 かと思えば、花を机に戻し私の手元を覗き込んでくる。 「ふうん?そういう風に作るのか」 腕を組み小平太は感心したようにそう呟いた。一体何だ。 「手伝ってやろうか?」 「へ?」 言うなり小平太は薄紙を一枚取り、ああでもないこうでもないとブツブツ言いながら花を作り始めた。 「……で、こうだろう?ほら、できたぞ」 これでいいんだろう? にかりと笑い得意げに見せられるそれは、確かに私が作っていたものとそっくり同じ花だった。 というかむしろ私より。 「……綺麗だね」 何だか複雑だ。 そう言えば忘れていた。七松小平太という男は、細かい事を気にしない性分やいけどんで暴君と呼ばれる性質から、一見豪快だとか大雑把だと思われがちである。確かにその通りなのだが、この男は実は妙に器用な一面があるのだ。だてに文化祭で小平太パペットやらギニョールやら手作りしていないということだ。 若干顔が引きつっているだろう私に、小平太が不思議そうに首を傾げた。 「朔?どうした。何か違うのか?」 「いや、違わないよ。違わないんだけどさあ」 この微妙な気持ちをどう表現すべきなのか考えあぐねているだけだよ。 「?これでいいんだろう?」 「うん」 「なら、大丈夫だな」 言うなり、小平太は次の一枚へ手を伸ばす。 「ほら、朔も早く作れ」 二人で作れば早く終わるだろう?そう言って小平太が私をせかす。 「はいはい」 これでは一体どちらが手伝いなのかわからない。私はくすくす笑いながら再び手を動かし始めた。 「……しかしだな」 「何?」 「結構な量があるな」 「まあねえ。今一年長屋では組も動員して作ってるらしいよ」 「は組全員か?」 「不都合がなけりゃそうなんじゃないかな。土井先生が手伝わせて悪いなってわざわざ声を掛けてこられたし…まあ何か大変みたいだよ」 雇い主側の不手際で納品期限が十日ほど早まったらしい。さすがに土井先生もきり丸を叱るわけにもいかず、とりあえず何とか数をそろえる為に自ら手伝ってやっているらしい。 「何か大変だな」 「大変だよねえ。でもまあそういうのってさ」 「ん?」 ふふ、と笑う私に小平太が手を止めて顔を上げる。 「何かいいよねえ。皆で協力ってさ」 仲良き事は美しき事かな…ってあれ、これはちょっと違うか?まあ何にせよ、は組の良い子たちがわちゃわちゃしながら花を作っているところを想像するだけで何だか和む。 「後でね、私にも作ってくれるんだってさ」 『蓮咲寺先輩に花飾り作りますね。みんなで』 手伝ってくれてありがとうございますと頭を下げたきり丸がそう言っていた。その気持ちが嬉しかったのだと話し顔を上げると、小平太が何故かまじまじと私を見ていた。 「小平太?どしたの」 私の顔に何かついているんだろうか。小平太はしばらく無言で私を見つめていた。かと思えばすくりと立ち上がる。 「よし、決めた」 「何を」 「他の奴らも呼んでくる」 「は?他のって…長次たち?」 「そうだ、六年全員でやれば昼までには終わるだろ?」 「そりゃそうかもしれないけど。でも急にどうしたのさ」 「は組が皆で作っているんだろう?なら、我々が皆で作っても可笑しくないじゃないか」 「そりゃそう……なのか?」 何だか答えになっていないというか話がずれている気がするのだけれど。うーん?と考え込み始めた私を余所に、小平太はさっさと他の面々を呼び集めに行こうとしている。止める理由はないけれど六年全員で造花作りって何か絵面としてどうなのだろうか。 ……中々にシュールだ。 部屋を出て行こうとした小平太が、くるりと踵を返し戻ってきた。 ぽん、と頭に手を置かれる。 何だ一体と胡乱気な顔を向ければ、小平太は機嫌よさそうに笑った。 「朔にはそれが似合うぞ」 「は?」 意味不明の一言を残し、小平太は今度こそ部屋を出て行った。 「長次ー!」と級友の名を呼ぶ声が遠くで聞こえる。あの調子なら、すぐに全員呼び集めて戻ってくるんだろうな。ああそれなら、七人が座れるだけの場所を確保しておかなければ。 やれやれと呟く声と裏腹に唇を緩め、私はすぐ脇にあった文机を動かしに掛かった。 文次郎辺りは、何で忍者たるものが造花作りをとか言い出しそうだけれど、それでも手伝ってくれる事は知っている。 どうせまた途中で留三郎と遣りあうだろうから、その時は部屋の隅に花を寄せよう。巻き込まれたらそれこそ目も当てられない。 賑やかと言うか騒々しくなるであろうこの部屋で、皆で造花を作ってそれからバレーをして。 何だか平和だなあ…。 ふと外へ目をやれば青空が広がっている。のどかとしか言えない休日の空気がそこにはあった。 たとえばこんなことが今だけなのだとしても、楽しいと思えるこの日々を忘れる事がなければいいな。そんなことを、不意に思った。 花歌 (20120126) (朔、お前…ついに頭に花が咲いたのか) (ちょ、文次郎!) (まあ前からめでたい奴だとは思っていたが…) (仙蔵も乗っからないの!大丈夫だよ朔、似合ってるよ、うん。ねえ留さん) (お、おう…!な!長次!) (……ああ) (何かよくわからないんだけど貶したいの?慰めたいの?) (細かい事は気にするな!) (気になるよ!) たろ様リクエストで『天泣番外編で小平太との話』でした。お待たせ致しましてすみません!天女投下前の一幕を書かせていただきました。頭のお花は小平太が部屋を出る前に挿して行きました。下級生に対抗するちょっとしたおとなげなさが書きたかったんですが…あれ?何か違う…?少しでも楽しんでいただければ幸いです。今回は素敵なリクエストありがとうございました。 |