「朔!」

駆け寄ってきた小平太は、何故かとても慌てているようだった。
その後ろに続いていた長次と伊作も、私に気付くと同じような顔をして走り寄ってくる。

「ど、どうしたんだ!?」
「え?」
「何で泣いてるの!?傷?傷が痛いの!?」

傷?泣いて?…あ。
そういえば今さっきまで泣いていたことを思い出す。恥ずかしくなって手のひらで拭っていると、長次がハッとしたように顔を上げた。

「大木先生…まさか…」
「待て長次。その目はワシを疑ってるな?言っとくが無実だぞ!?…いや、完全に白ではないが」
「やっぱり先生の責任ではないですか!」
「落ち着け小平太。朔、お前も何か言え」
「あ…はい。えっと…あの…」
「言いたいことがあるんだろう?」
「へ、そ、そうですけど」

こっちにも心の準備というものが。何ですか先生、いきなりすぎますよ。
しかし逃げ出すわけにもいかず、私は小平太たちに向き直り、意を決して顔を上げた。

「あの、私、」

話があるんだ、そう告げようとした先を制するように、小平太がじっと私を見つめていた。

「朔」
「え、何?」
「ごめん」
「小平太?」

謝罪の意味がわからずに、私は目を瞬かせた。そんな私を余所に、小平太に続くように、伊作と長次も同じ言葉を口にする。

「どうしたのさ?」
「ごめんな、話も聞いてやらなくて、ごめんな。怪我は大丈夫か?」
「小平太…ううん。ありがとう、大丈夫だよ、ほら」
「そっか…なら一緒にバレーしよう!」
「いやそれ駄目だから!まだ駄目だからね!?」
「えー」
「えーじゃないよ、小平太。……朔。あの、これ僕が作った薬なんだ。使ってくれる?」

差し出された小さな包みを持つ伊作の手が、少しだけ震えていた。恐る恐る、私はその手に触れた。

「いいの?すごく嬉しい。ありがとう」

少しだけ力を込めれば、それ以上の力で返される。伊作は安堵したように笑って頷いた。

「怪我が治ったら、また一緒に薬草摘みに行こう」
「うん」
「バレーもな!」
「うん」
「なら、それまでは本を読もう」
「長次」
「面白い物語を、見つけたんだ。きっと気に入る」
「すごく楽しみだよ」

静かに笑う、君とまた、一緒に本が読めることが嬉しいよ。
ねえ、伝わってる?君たちに、伝わってる?私ばかりが嬉しくて仕方が無い気がするんだ。
振り仰げば、大木先生が腕組みしながら私たちを見ていた。

「何とかなったようだな」

やれやれ、これでワシの疑いも晴れたな、と先生は肩を竦めて見せた。
あれ、心配してたのそっちなんですか先生。

「おーい、伊作ー!」
「留三郎?」
「何だ、お前たち揃っていたのか」
「探す手間は省けたな」
「仙蔵たちも一緒だったの」

何だかみんな揃っちゃったね、と笑ってくるりと振り返った伊作の表情が、見事に引きつった。

「ってちょ、二人ともどうしたの!またケンカ!?……ってえ、仙蔵まで?どうしたんだよ」
「気にするな」
「気にするよ」

慌てながら怪我の様子を見ようと、伊作が三人の身体をぺたぺた触ったり袖を捲り上げたりしている。
制服にも所々カギ裂きができているし、あまりにアレな惨状に思わず口を挟んでしまった。

「さ、三人とも大丈夫?」
「お前がそれを言うか?怪我人のくせに」
「う…そ、そりゃそうだけど…」

呆れたような留三郎に、もごもごと口の中で反論を呟く。正論過ぎて堂々と言い返せる気がしなかったのだ。
俯く私の頭に、ぽんと置かれたものがあった。驚いて顔を上げれば、留三郎が私の頭をぽんぽんと叩く。

「…留?」

怒っていないの?私のこと。
そう訊くのはやっぱり怖い。迷うようにじっと見つめるその先で、口を開いたのは留三郎が先立った。

「あの、さ」
「うん」
「怪我、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。…あの、ありがとう」

心配してくれて。

「い、いや俺も…」

留三郎が何か続けようとしたその先を遮るように、大音声が響いた。

「朔!」
「うあい!?」

しまった。声がひっくり返った。至近距離にいるというのに、いきなり大声で名前を呼ぶからだ。何事かと振り向けば、文次郎が思いっきり私を睨んでいた。
やっぱりまだ怒っているようだ。仕方ないんだけれど。

「あの、文次郎。ごめ」

んね、と言い終えるより先に、文次郎が勢いよく頭を下げた。面食らう私の耳に、消えそうな呟きが聞こえた。

「……悪かった」
「朔、許してやれよ?残念だがこれが文次郎の精一杯だからなあ」

文次郎の肩に肘を置き、笑う留三郎に文次郎が噛み付く。

「は!?何偉そうに言ってやがるんだ!大体謝らなきゃなんねぇのはお前も一緒だろう留三郎!」
「ああ!?俺はお前みたいに怪我人を思いっきり投げ飛ばすようなことはしてねェだろうが!」
「ああもうふたりとも!やめてってば!仙蔵ちょっと止めてよ!」
「放っておけ伊作。その内力尽きるだろう」

伊作から借りた手ぬぐいで顔の汚れを拭う仙蔵は、我関せずと言わんばかりだ。

「元気だなー、二人とも」

小平太がどこかずれた感想をのんびりと口にする。長次は無言で、それでも止めるべきだろうかと右往左往している。
ああ、同じだ。いつもと、同じだ。
みんな――。
ふと私の方を見た文次郎が、ギョッと目をむいた。

「朔!?どうしたお前!」
「ちょ、おい!お前やっぱりまだどこか痛いのか!?伊作ー!伊作!!」

取っ組み合いもどこへやら、あたふたと留三郎が伊作を引っ張ってくる。

「わわわ!大丈夫!?保健室行く!?」
「文次郎、お前がちゃんと謝らないからではないのか!?」

仙蔵は仙蔵で、さっきまで自分の顔を拭っていた手ぬぐいで無駄にごしごしと私の顔を拭き始める。

「い、いひゃいんだけど!せんひゃん!」
「お、俺のせいか!?俺のせいなのか!?」
「こ…これを使うといい…」

一歩完全に出遅れた形で、長次まで手ぬぐいを差し出してくる。いやそんなに手ぬぐいはいいよ。

「お、さすが長次。準備がいいなあ」
「関しているバヤイか、小平太!良く見ろもう仙蔵が拭いてるだろ…あ、いや長次が遅いわけじゃないからな!」
「留さん、逆効果だよそれじゃ…」
「ふは…はは…」

哀しいわけじゃない。傷が痛むわけでもない。
大丈夫だよと笑おうとして、うまくいかなくて、きっとひどい顔をしているんだろうけど。
みんながいてくれることが、嬉しくて。嬉しくて、嬉しかった。

「あのね、みんな、聞いてくれる?」

私のことを。
君たちに知って欲しいと、そう思うから。


お話しましょう、たくさんたくさん
(20120115)

ちょこ様・ぴかり様リクエストで『天泣夢主の男装が公になったきっかけ&その時の周りの反応』でした。大変お待たせしまして申し訳ありませんでした。スライディング土下座する勢いですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。今回は素敵なリクエストありがとうございました。


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