「止めないか二人とも!」

快晴の空の下、鋭い声音が制止をかけた。
きり、と柳眉を吊り上げてお互いの胸倉を掴む少年ふたり間に割って入った立花仙蔵は、苛立たしげに溜息を吐いた。

「まったく…お前たちはいつもいつも…。少しは大人しくできないのか?」

平常心を忘れる事は忍者にとってあってはならないことだぞ。
そう言えば、文次郎と留三郎はそれぞれ苦虫を噛み潰したような顔をした。

「カリカリする原因はわからなくもないが…それにしてもだ」

腕を組み二人を睥睨する仙蔵は、小柄だが整った顔立ちをしている分、妙な迫力がある。
指摘されずとも心当たりなど自分たちが一番よくわかっている。けれど素直にそれを認めることも反論する事もできず、文次郎は不貞腐れたように話の矛先を仙蔵に向けた。

「仙蔵は、どうなんだよ」
「どう、とは?」
「あいつのこと、どう思ってるんだ」

自分たちがカリカリしている原因の顔が、脳裏を過ぎる。浮かんだのは、へらへら笑う顔ではなくて、困ったような泣き出しそうな最後に見た顔。それが余計に気を塞ぐ。

「朔のこと、か?……さあな」
「さあなって…」
「ならお前たちはどうなんだ?文次郎、留三郎」
「お、俺たちか…?」
「それは…」

先ほどまで取っ組み合っていた二人は、気まずそうに視線を交わし、それからそれぞれ項垂れるようにして俯いた。
仙蔵はそんな二人をじっと見つめ、それから彼もまた、視線を外した。

「……私は正直、わからんのだ」
「仙蔵?」
「わからない、とは?」
「朔がどうして、女でありながら忍たまになったのかなんて知らないからな」
「そりゃ、アイツが隠していたからだろ?」
「そうだな。しかしそれに関しては、あのうっかり者が三年も隠してこれたことにむしろ驚いている」
「「……ああ、確かに」」

二人は思わず深々と頷いた。
蓮咲寺朔という人間は、手離剣の手入れをしていたはずが気付けば何故か血まみれだったとか、不運委員善法寺伊作にしょっちゅう巻き込まれては穴に落ちるだとか、バレーをすれば顔面でボールをレシーブするだとか、山に入れば迷子になるだとか、そういうことが日常茶飯事な人間である。それが一つ屋根の下で寝起きしている自分たちに三年もの間性別を隠し通していただなんて、むしろ凄いのではないだろうか。

「いやまて、感心してる場合じゃないだろ。アイツは俺たちを騙していたんだぞ!?」

信じていたのに。同じなのだと。それをアイツは裏切ったんだ。

「……そうなのだろうか?」
「違うって言うのかよ。お前だってアイツを避けていただろう?」
「考えていたんだ。結果は確かにそうだった。だが、アイツにその意図があったのかを」
「は?」
「朔は、我々を騙したかったのか?」

騙して何の得がある。

「そりゃ…」
「気にするべきは、朔が何故、忍たまにならなければならなかったのか、ではないだろうか」
「何故?」
「何で、なんだ?」
「私に訊くな、知るわけがないだろう」
「じゃあ誰に訊くんだよ」
「そりゃ…朔だろ」

本人に直接聞くべきだろう。
わかりきっていた結論にたどり着き、三人は顔を見合わせて溜息をついた。それができるものなら、とうにやっている。
気まずい沈黙だけが落ちた。

「……とりあえず、お前たちはまず保健室だな」

伊作に小言でも言われればいいんだ。
言ってくるりと背を向け歩き出した仙蔵に、二人は何も言わずただ従った。
保健室に向かって歩き出した三人だったが、その足はふと聞こえた会話によってすぐに止まる事となった。

「聞いたか?」
「ああ、三年の蓮咲寺だろ?」

ぴくりと最初に反応したのは誰であったか。思わず物陰に身を隠したのは三人同時だった。

「今、蓮咲寺っつたか?」
「ああ、言った」
「シッ!二人とも黙れ」

仙蔵の叱責に押し黙った二人だが、会話の主たちはそんな彼らに気付くこともなく話に花を咲かせている。
そろりと様子を伺えば、紫の制服がふたつ声を潜めることもなく、べらべらと喋り続けていた。

「女の癖に忍たまだってな。学園長先生もどういうおつもりなんだよ」
「どうせまたいつもの思いつき、だろ?女なら大人しくくのいち教室に入ってりゃいいものを。忍たまも舐められたもんだよなあ」
「まったくだ。先生方もご存知だったんだろう?いいよなあ、先生に目を掛けてもらえるご身分てやつか?どうせ成績だって女だからって優しくつけてもらってんだろ?」

侮蔑混じりの嘲笑。聞いていられたのは、そこまでだった。

「おいこら…」
「今何て言った?」
「あ?……何だ潮江と食満か。女の癖に図々しく忍たま面してるやつと親しいと、先輩に対する口の聞き方も忘れるみたいだな」

にやにやと意地の悪い笑みを貼り付ける上級生を文次郎が睨みつける。

「あーやだねえ。目つきの悪い後輩なんて持つもんじゃねぇなあ」
「こいつら…」

ぎり、と留三郎が唇を噛んだ。

「……待て」

今にも飛び掛らんばかりの二人の前に、割って入ったのはひどく静かな声だった。

「仙蔵、止めるなよ…!」
「勘違いするな、誰が止めると言った」
「は?」
「こそこそ後輩の陰口を叩くような狭量な人間相手に敬う気持ちなど生憎私とて持ち合わせがないのでな」
「お前…さりげなく一番ひどいだろ…」
「ふん、何とでも言え」

ざり、と土を踏み、三人は四年生へ向き直る。相手が下級生であるという侮りからなのか、はたまた自分たちは四年であるという自信からなのか、四年生たちはそんな彼らを鼻で笑った。

「陰口、だと?本当のことを言っただけだろ?」
「何だと…?」

にやにやと、笑う。同じ忍たまという括りで扱われることが、不快だった。
こいつらを、先輩となど敬える方がどうかしている。

「先生方に特別扱いでもしてもらわなけりゃ、女が忍たまとしてやっていけるかっつーんだよ」

何かが切れた音がした。


「「「お前らが朔の何を知ってる!!」」」


声が重なる。叫んだのは、三人同時。飛び掛ったのは、誰が先だっただろうか。そんなことはどうでも良かった。
何も知らないくせに、アイツの何も知らないくせに。

「特別扱いなどされているんなら、アイツが『最弱』などと呼ばれるわけがないだろう!」

たとえ目をかけてもらっていたのだとしても。

「アイツは自分の足でいつだって走ってきたんだよ!」

小平太や留三郎に手を引かれ、朔はいつもぼろぼろになっても最後まで走ってきた。

「あの馬鹿のことをアンタたちが好き勝手言えるわけねェんだよ!」

そうだ、いつも一緒にいた。同じ景色を見て育った。同じ道を駆けてきた。だからわかる。知っている。
いつもただ、朔は忍たまとして真っ直ぐ前を見ていたことを。

「――ッ。覚えてろよ!!」
「見事に小物の捨て台詞だな」
「言ってやるなよ仙蔵」
「しかしまあ、俺たちはともかく、お前がぼろぼろなのも珍しいな」

艶やかな黒髪は泥にまみれ、秀麗な容貌は見事に傷だらけだ。

「ふん、悪いか?」
「いや、悪くない」
「まあ、いいんじゃないか?たまにはお前も、伊作に手当てしてもらえよ」
「そうだな」

保健室へ行って、手当てして、それから朔に会いに行こう。
訊きたいことがあるのだと、伝えよう。話を、しよう。
仰いだ空のように少しだけ晴れた気持ちを抱え、三人は歩き出した。



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