三年ろ組、蓮咲寺朔は、女だった。
そんな噂が、学園内に広まっていた。

「……ねえ、三郎」
「ん?」
「どう思う?」

石の上に腰掛けた同じ顔が、不思議そうに目を瞬かせ首を傾げる。「どういう意味だ?」と問い返されて、不破雷蔵は溜息をひとつこぼした。

「だから、朔先輩のことだよ」
「ああ、それか」
「随分噂になってるよなあ」

すぐ側で狼の仔の毛を梳いてやっていた八左ヱ門がくるりと振り返り相槌を打った。

「でもびっくりだよな。先輩が実は女だったーなんて。たしかに女みたいな顔はしてたけどさ」
「そうだよねえ…」

蓮咲寺朔という少年――いや、実は少女だったわけだが――は元々確かに女のような顔をしていた。けれど同級の立花仙蔵や善法寺伊作だってそれは似たようなもので、だから別にそれほど気にしてみたこともなかったのだが。

「先輩、どうなるのかな」
「どうもならないだろ?」

学園長は最初から、女だと知った上で忍たまとして入学を認められたらしい。先生方も暗黙の了解よろしく知っていたと。なら今更ばれたところで、退学やくのいち教室へ編入などということにはならないだろう。

「でもさ、三郎。もし先生方が隠すことを条件に入学を許可してたら?」
「それはその時。今私たちが考えても、どうにもならないだろ」
「まあ、そうなんだけどさ」
「雷蔵は悩みすぎなんだよ」

狼の咽喉元を撫でながら、八左ヱ門はけらけら笑う。

「……いや、僕が悩みすぎというか君たちが悩まなさすぎというか」
「ろ組が揃ってどうしたの?」

不意に割って入った声に、三人はそちらへ視線を向けた。

「勘右衛門、兵助」
「うん。何話してたんだ?」
「朔先輩の事だよ」
「先輩の?ああ、何か噂になってるなあ」

勘右衛門は三郎同様、さして気にする風でもなくのんびりと応える。まるで今日のランチの話でもするような気安さである。

「びっくりしなかった?」
「そりゃびっくりしたけど。で、それがどうかした?」
「どうかしたって……学級委員長ってそんなもんなの?」
「「は?」」

ろ組とい組の委員長二人は顔を見合わせ、揃って首を傾げた。

「あー…何でもない」
「そうか…?」

不思議そうな顔のまま、けれど三郎は苦笑を浮かべる。

「あのさ、雷蔵。大体な、」
「良いではないか。先輩が男でも女でも」
「兵助?」

黙って話の成り行きを聞いていた兵助が、不意に口を開いた。

「朔先輩が朔先輩であることに変わりはない。男でも女でも先輩は先輩だ」

俺たちの先輩であることにも、変わりない。

「……そうだね。うん、そうだよね」
「ちょ、兵助ェェェ!お前、それは私の台詞だろ!委員会の後輩として私が言うべき台詞だろ!」
「落ち着け三郎、気持ちはわかるけど!いい台詞取られた気持ちはわかるけど!」

兵助の襟元を掴みガシガシ揺する三郎を、八左ヱ門が止めに入る。勘右衛門は呆れ混じりに笑いながら、それを眺めている。何てことはない、いつも通りの自分たちの光景だった。

「うん、何にも変わらない」
「雷蔵!見てないで三郎を止めてくれよ!」

八左ヱ門が三郎を取り押さえながら喚いている。

「はは、そうだね。三郎、いい加減にしなよ」

すぱーん、と後頭部を叩かれて、三郎がその場に蹲る。

「雷蔵さん、手厳しい」
「そう思うんなら反省しなよ」

三郎から解放された兵助が、ぽんと手を打った。

「そうだ、後で先輩のところへ行こう」
「お前はお前でマイペースだな兵助」
「ん?何が?」
「いや、何でもねぇよ」
「でもまあそうだなあ。皆で先輩のところへ行こう」
「お前もか!マイペースなのはい組なのか!」

律儀に突っ込む八左ヱ門の姿もまた、いつも通り。
そうだ、別に何も変わらないんだ。
蓮咲寺朔というひとが、自分たちの先輩であることに変わりない。それが事実。それだけが事実。
すとんと落ち着くべき場所に落ち着いたような気がして、雷蔵は小さく頷いた。


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