所用で保健室を訪れた私を出迎えたのは、足の踏み場もないほど広げられた大量の薬草と、それに埋もれる保健委員たちだった。

「……伊作、どしたのこれ」
「やあ朔」

声を掛ければ、保健委員長は引き攣った笑顔で振り返った。そして室内を見渡し深い溜息。
溜息吐くと幸せが逃げるよ、と突っ込むことすら何だか気の毒な光景だった。
舟を漕ぐ一年生、壁に向かって注意を飛ばす二年生、そして死んだ目で何かぶつぶつ呟きつつも光の速さで薬草を仕分ける三年生。
え、ここ会計委員会だっけ?

「僕らは正しく保健委員だし、ここは保健室で間違ってないよ」

あははは…。
そう言って笑う伊作も、目の下は文次郎並の隈で縁取られている。

「え、ほんとどうしたのさ」
「あー…うん、まあ例によって例の如くというか、毎度のことなんだけどね」

ふで始まりんで終わる例のあれである。伊作によると、今回は先だって委員会総出で摘み取り日干しにした大量の薬草を室内に運び入れたまではよかったのだが、哀しいというか悲惨なことにその大量の草の中にうっかり非常に稀少な薬草を混ぜてしまったらしい。そしてよりにもよってその稀少な薬草は、大量の普通の薬草と非常に似通った外見の草であったという。

「この間、ちょっと無理して購入したやつだったから、放ってもおけなくて」

それで委員会総出で探しているというわけなんだよね、ははは。

「いや、いさっくん。目が笑ってないよ」
「そうかなー。はは」
「て、手伝おうか?」

何か怖い。伊作が怖い。そして保健委員たちが気の毒すぎる。
そんな気持ちからの私の申し出も、疲れた頭では中々処理できなかったらしい。やや間を置いて、伊作はやっぱり疲れたように頷いた。

「助かるよ…」

***

少しずつ手にとってこれは違うと仕分けていく。授業の為に後ろ髪引かれる顔で抜けていった数馬と左近の穴を埋めるべくせっせと作業に勤しんでいると、隣で同じように手を動かしていた乱太郎が「そういえば」と思い出したように口を開いた。

「蓮咲寺先輩」
「んー?何だい」

雑談しながらの方がいっそ目が冴えていいだろうと、先ほどから六年二人と一年二人で輪になり他愛ない話を交していた。その流れであろうと私は気安く返事をする。

「そういえば、先輩のお父さんでタソガレドキの雑渡昆奈門さんなんですよね?」
「ん?ああ、そうだよ」

保健委員たちとはすっかり顔なじみになっているらしい父の顔を思い浮かべつつ、私は頷く。どうでもいいけどあの人ここで迷惑掛けてないだろうな…。ただでさえ不運に振り回されてるんだから、あんまり変なちょっかいかけるのは止めてあげて欲しい。伊作辺りならまだいいけど。

「それがどうかした?」

あの人また何かした?
若干不安になりつつ訊ねると、乱太郎は慌てたように首を振った。

「あ、いえ、そうじゃないんです。ただ、最近知ってちょっとびっくりしただけで」
「ああ、そういうこと。びっくりした?」

笑う私に安心したように、乱太郎が「はい」とはにかみながら頷く。その隣で伏木蔵も「ぼくもすっごくびっくりしましたー」と同意を示す。

「そう言えば、先輩たちはやっぱり前から知ってたんですか?」
「へ?」

微笑ましげに私たちの会話に耳を傾けていた伊作がぴたりと動きを止め、顔を上げた。

「えっと、僕たちのこと…?」

この場合君たちしかいないだろうに、とは思いつつ伊作の気持ちもわかるだけに私は微妙な半笑いで少し遠いところを見つめた。

「あれ、先輩?」

どうしたんですか?と無邪気な後輩たちの声が何だか遠くから聞こえるような錯覚を覚える。

「いや…僕らが知ったのも結構最近、かなあ…」
「そうなんですか?」

伊作、笑顔が引き攣ってるよ。私も人のこと言えないけど。
確かに、あんまり思い出したくはない。私と父様の関係が明らかになったあの日のことは。



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