「……いい傾向だな」
「いい傾向?」

意味がわからないとばかりに、小平太は自分よりも少し高い長次の顔を見遣った。
長次はやはり、五年生とそれに囲まれる朔を見つめている。

「あれは元々、人見知りが激しい。加えて引っ込み思案だろう?」
「ああ、うん…そうだったな…」

何を言い出すのだろうと思いつつも、それは事実であり同意を示して小平太は頷いた。
そうして思い出すのは、自分たちがまだ、あの井桁模様の制服を着ていた頃。
教室の片隅で、いつも小さく蹲るようにして本を読んでいた姿。

「慣れるまでが大変なんだよな、朔は」

昔を懐かしむように、小平太は小さく笑った。
一度懐まで入ってしまえば、朔はよく笑いよく喋る。
逆に言えば、懐に入るまではそうでないということだ。どこか遠慮がちで、線を引いているような態度を取ることが常だった。

「だろう。それが、今ではああして、後輩に慕われるまでになっていると思えば、朔の為にはいい傾向だ」

だから今日はそのままにしてやろう。長次が言いたいのはつまりそういうことだと理解できる。できてしまうけれど。

「……そう、か?」

それでも納得しかねる、と小平太の表情に不満げな色が浮かぶ。

「あいつら、何だかんだでしょっちゅう朔にべったりじゃないか」

それなら別に、今日でなくとも構わないではないか。今日、天女の元へ誘っても――何なら五年生たちが一緒についてきたって構わないのだし。
長次は少しだけ苦笑し宥めるように続ける。

「朔も、いつまでもお前に手を引かれなければ走れないわけではないだろう?」

それはそれで困りものだ。

「……確かにそりゃあそうかもしれないけれど」

バレーをしようと手を引いて校庭に引っ張り出した。授業でマラソンとなるとしょっちゅう手を引いて走った。その役目は時折、留三郎が担ってもいたけれど、あの世話好きの男は伊作に巻き込まれることも多かったから、殆ど自分だけの役目といってもよかった。

「お前もいい加減、朔をあの頃と同じように思うのは止めなければならないということじゃないか?」
「…………」
「唯歌さんの誤解を解くことも重要だ。だが、朔もあの頃とは違う。自分で上手くできることもあるだろう」

できなければ、その時に手助けしてやればいい。
長次の言い分は正しい。小平太は渋々ながらに頷いた。
けれど、ちり、と胸の奥で何かが疼いた。
ちりちりと、小さくくすぶるものがある。
それは違和感に似ていたけれど、似ているだけで違うような気もした。

正体の掴めないそれを振り払うように、一度頭を振る。
そうして振り返るとそこに、朔と後輩たちの姿は無かった。
遠くに、青紫が見える。遠ざかった彼らに隠されるように、松葉は埋もれて見えなかった。



* * *



「朔先輩?どうかしましたか?」

ふと足を止めた私に、隣を歩いていた雷蔵が不思議そうな顔をした。

「へ?いや…どうもしないんだけど…」
「けど?」
「何か今、呼ばれたような気がしたようなしなかったような」
「どっちなんですかそれ」

くすくすと、勘右衛門が笑う。その傍ら、八左ヱ門が「特にそんな声聞こえませんでしたけど…」と困惑したように眉を下げた。

「八っちゃんが聞こえなかったんなら、空耳ですね」
「おい兵助。それどういう意味だ」
「確かに八の耳で聞こえないんなら空耳ですよね、先輩」
「ちょ、三郎!お前もか!お前ら俺を何だと…」
「え、野生の生物委員長代理?」
「……雷蔵、お前まで加わると誰も八左を慰めてあげるのいなくなるからね。加減を考えなさいよー」
「大丈夫ですよ、先輩いるし」

褒められているのか何なのかいまひとつわからないけれど、すっかりいじけた八左ヱ門にしがみ付くように抱きつかれ、「重いから!君重いから!」とか何とか訴えている内にまあいいか、と思い始めた。

呼ばれた気はした。けれど、きっと気のせいだ。
ちらりと肩越しに投げた視線の先、そこに探す姿はなかったのだから。

「朔先輩?」

どうしましたかと雷蔵が繰り返す。

「どうもしないよ」

私は笑い、再び歩き出した。


今はまだ、気付かないけれど
(20110921)

螢様リクエストで『五年生と異常に仲の良い天泣夢主に寂しい思いをする六ろ』でした。大変お待たせ致しました。寂しい思いをする六ろというかモヤモヤする七松…ですが…。番外編というより本編幕間と言った風になってしまいましたが大丈夫でしょうか?返品は随時お受け致しておりますので…!リクエストありがとうございました。


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