「えーと、何かあの…すみません」

一応娘である私が本来注意というか、止めるべきなんだろうとは思うんだけれど、普段やたらと甘いくせにこういうことに関しては私の話なんて聞きやしない。

「いや、君まで諦めてしまったら最早最後だと思いますよ?」
「ですかね」

二人揃って深々と溜息を吐けば、小さな手が「大丈夫ですか?」と背中を撫でてくれた。

「優しいんですね…」

おお、陣内さんが感激している。

「でしょう?ウチの子たち可愛いでしょう?」
「……」

あれ、陣内さん?何で黙るんですか?ていうかその表情は何?何でそんな愕然とした顔してるんですか。

「い、今の顔…」
「へ?」
「君の事を語る組頭そッッッくりでしたよ…」
「……反応に非常に困ります」

何だろう。父様と似ていると言われて嬉しいはずなのに、気分は少ししょっぱい。

「ああいやすまない。そういうつもりじゃなかったんだけども」
「いえ、別にいいんですけど」

陣内さんが慌てたように謝ってくれるが、それはそれで複雑だと思う私はわがままだろうか。微妙に気まずい空気が流れる中、あくまで冷静な一年は組の学級委員長の声がそれを断ち切るように割って入った。

「とりあえず、お茶飲みませんか?」

そっと差し出されたのは湯飲みで、良い匂いが立ち上っている。そう言えばおやつセットを持ってきていたんだっけと思いつつ、礼を言ってそれを受け取った。

「だそうですよ。陣内さんどーぞ」

まずはお客様に、と差し出せば、陣内さんは少し目を丸くしてそれから生真面目に庄左ヱ門にも頭を下げて湯飲みを受け取った。
一口啜り、肩からふと力が抜ける。

「これは…美味しいですね」
「ありがとうございます!」

褒められて嬉しそうに庄左ヱ門が顔を輝かせる。

「ウチの委員会の伝統なんですよ。お茶汲み技術って。あ、美味しい。庄左ヱ門腕上げたね」
「先輩たちにはまだまだ及びませんが…」

大人びた謙遜をする口調とは裏腹に、庄左ヱ門ははにかんだ笑顔を見せる。

「あーもう、可愛いなあ!」

ぐりぐりと撫で回せば、くすぐったそうに庄左ヱ門が笑った。
その瞬間である。

爆音が響き渡った。

「「「「……………」」」」

四人で顔を見合わせてそろそろと下を見れば、立ち上る黒煙と火薬の匂い。

「立花先輩」
「ですか?」
「しかいないねえ…」

屍累々、とはまさにこのことだろうか。
積み重なった松葉と青紫の制服の山。飄々と一人立つのは黒装束。
ちょっと目を離した隙に一体どんな展開が繰り広げられていたのだろう……。

「ていうか仙蔵!お前私の後輩にまで何してくれてんのさ!」
「先輩…他の先輩方はよろしいんですか?」

おずおずと彦四郎が控えめに進言してくれる。彦…あいつらのことまで心配してくれるなんて優しいね、君は。でもね。

「ああ、あいつらはいいの。大丈夫。巻き込まれるのは伊作の不運とか慣れてるし」
「そ、そうなんですか?」
「そうそう。第一これくらいでどうにかなるようなら忍たま六年なんてやってられないよ」

そもそも今だって避けられなかった上に後輩を巻き込んでいるなどと本来は論外だと、肩を竦めると庄左ヱ門と彦四郎の顔が引き攣った。

「ろ、六年生って大変なんですね」
「それで行くと、最初から戦線に加わらなかったウチの子は賢かった、ということかな?」
「え?」

スッとさした影に顔を上げると、ついさっきまで下にいたはずのその人が私の真横に立っていた。

「組頭ッ!急に現れるのはやめてください!」
「急にじゃないだろう?私が近くにいたのはわかってたんだから」
「それでも、です!魂飛ばしちゃってるじゃないですか!」
「あ」
「あ」

言われて見遣れば、後輩二人が見事に魂をすっ飛ばしていた。
慌てて回収している陣内さんに中間管理職の真髄を見た、気がする。

「ごめんねー」

私の真横にそのままどかりと腰を据え、ひらひらと一年生たちに父様は手を振ってみせる。
無事魂の戻った二人は、心なし青い顔ながらぶんぶんと首を振った。

「大丈夫ですのでお構いなく…」

そう言う彦四郎の手が若干震えているんだが本当に大丈夫なのだろうか。

「えーと、彦四郎。とりあえず甘いものでも食べて心を落ち着けなさい」

持ってきていたおやつの豆大福を懐から取り出して、何か言いさしたその口に突っ込んだ。

「……お前も結構な乱暴者だねえ」
「失礼ですね、父様」

誰がこの子達の魂飛ばしたと思ってるんですか。

「それについては謝っただろう?」
「異様に軽い感じでしたけどね」

突っ込みつつ庄左ヱ門と陣内さんにも一個ずつ豆大福を配る。予備もあわせて七つあったから十分に足りるな、と考えつつ自分も一個齧った。評判の店で朝から並んで買ってきたかいがある。ほど良い塩気と甘すぎない餡が美味しい。もっちもっちと咀嚼していると、ふと私の手から大福が消えた。

「何ていうかこう、ね?友愛を表現しようとしてみたんだよねえ」

父様は私の手から齧りかけの大福を取り、器用に頭巾をずらして口に放り込んだ。

「…別に食べかけ食べなくてもありますよ」
「いやー、甘すぎると一個は無理かなーと思ってさ」
「歳ですか?」
「それ陣内に喧嘩売ってるのかい?」
「まさかー」

手元に残った二個の内一個を手に取り、私はそれを左右に引っ張った。餅が面白いほど良く伸びて、ぷちんと切れる。半分になった大福を齧りつつもう半分を父様に渡した。

「これ意外と旨いね」
「ねえ。峠の茶店のですよ」
「しんべヱが美味しいって言ってたやつですか?」
「そうそう」
「へえ…一年は組はそういうところやっぱり詳しいんだね」
「……え、それ嫌味?」
「こらこら、喧嘩しないでくださいよ?」

陣内さんが癖のように一年生たちの可愛らしいいがみ合いを宥める。
平和だ。何か忘れている気もするが平和だ。いつの間にか五人で車座になり、何となくお茶を啜る。
見事に揃ったタイミングでほーっと息を吐いていると、またまた『何もないところ』から声が掛かった。


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