「おや、勘右衛門」
「げ」
「……げって何だい。いや別にいいけどさ」

それだけ素直になったってことはある意味打ち解けてきたってことだよね!と先輩は何だか随分と前向きにのん気なことを口走る。

「お前も学園長先生の庵に行くんだろう?」
「そうですが」

放課後学級委員長は学園長の庵に集合という伝達が回ってきたのは中休みだった。それで授業が終わりこうして向かっているわけだけれど、よりにもよってこのひとに会うなんて。
自分の間の悪さを嘆きたい。
そんな気持ちなんて欠片も気付いていない先輩は「一緒に行こうか」とやっぱり笑っていた。

目的地が同じだから断る事もできなくて、俺たちは並んで歩き出した。俺は先輩に話しかけたりしなかったし、先輩も特に何も言わない。二人で並んで歩くだけ。
それはそれで、何だか気まずい。うわ、何だこれ。早く庵につかないかな。落ち着かずにそわそわしてしまうのは、決して俺のせいじゃない。
そんなまま二人で歩いてもう少しで庵、というところでふと目に留まったものがあった。

「先輩…あれ…」

萌葱の制服。三年生だとはわかるけれど見慣れない顔だった。

「何だ、蓮咲寺じゃないか」
「……こんにちは、先輩方」

意地悪く笑った三人は、俺たちの行く手を遮るようにして横並びに立った。

「……何か私に御用ですか?それともこの子に?」

いつものようにへらへら笑いながら、先輩は三年生たちに問いかけた。先輩の知り合いなのだろうか。それにしては空気は何だか微妙だった。
相手はどこか意地悪そうな笑みを浮かべて先輩をじろじろ眺めている。

「大丈夫なんですか、これ」

小声でひそひそ囁くように先輩に訊ねれば、先輩は大したことではないとさらりと言った。

「ああ、別にまあいつものことだし」
「いつものことって…」

隣り合う学年は仲が悪い。そんなことを言って、先生たちが苦笑混じりに溜息を吐いていたことは知っている。
でもこの三年生たちの声は表情は、何だかそんなものとは少し違うように思えた。後になって気付いた事だけれど、その時俺は思わず先輩の袖をきゅっと握っていた。
先輩はもう一度「大丈夫だよ」と笑った。

「先輩方、用がないならそこを通ってもかまいませんか?私たち、学園長先生の庵にいかなければいけないんです」

言って先輩は三人の間、隙間を縫うようにして通り抜けようとした。けれど、三年生たちはそれをさせてくれなかった。
「待てよ」と一人が先輩の腕を掴む。

「……何ですか?」
「まだ話の途中だろう?」
「話なんて何にもしてないですけど?」

うん、その通りだよね。すごく的を得た蓮咲寺先輩の一言に、先輩を止めた三年生の頬がひくりと動いた。

「学園長先生のところに行くって?いいよなあ、顔で気に入られたヤツはさあ」
「……え」

どういう意味かわからなくて、先輩の横顔を見た。先輩は笑顔のままだった。

「あははは。嫌だなあ、こんな顔で贔屓してもらおうなんて思える程、私は図々しくないですよー」
「わかってんじゃねェかよ。立花みたいな女顔ならともかく、中途半端なお前みたいなやつがどうして学園長のお気に入りなんだろうなぁ?」

俺たちにも教えてくれよ。

「先輩たちつまらないことにこだわりますね。相変わらず」

それでこの間小平太たちに散々な目に合わされたのに懲りませんね。
呆れたような先輩の視線に、三年生たちがぐっと押し黙る。一体何があったんだろう。気になるけれど、今は訊ける状態でもなくて、俺はただ事の成り行きを見守る事しかできなかった。

「は!お前なんて、七松たちがいなけりゃどうせ何にもできねェくせに!」
「……すごい負け惜しみみたい」

あんまりにもお粗末な台詞につい本音が俺の口からこぼれ出る。

「何だと!?」

まずい、と思ったのは、三年生が顔を赤くして俺に飛び掛ってこようとした瞬間だった。いくらなんでも三年生に勝てるわけがない。というか咄嗟に反応もできなくて俺はその場に立ち竦む。ぎゅっと目を閉じたけれど、予想した痛みはちっとも襲ってはこなかった。

「……?」

不思議に思って、そうして俺はそろりと目を開けたけれど、目の前にある光景は一瞬飲み込めなかった。

「先輩たち、一年生に向かってそんなことして恥ずかしくないんですか?」

先輩は笑う。笑っているけれど、その目だけが笑っていなかった。俺に向かっていたのだろう三年生の腕を、先輩が逆に掴んでいた。
え…。どういうことだ?

「ねえ先輩?三年生、なんですよね?」

ぎりぎりと、先輩が握る手に力を込める。対して力があるようにも思えないのに、三年生の顔がどんどん歪む。

「いいかげん懲りるか飽きるかしてくださいよー」

先輩はつまらなそうにぱっと手を離した。

「覚えておけよ!お前なんて忍者になれるわけないんだぞ!俺の父上はすごい忍者なんだ、お前なんてすぐにツイホウしてもらえるんだぞ!」
「……なんですかその子どもみたいな台詞」

それは確かに同感だった。イマドキ一年生でもあんまり言わない。
何なんだろう、このひとたち、と少しだけ気が緩んだその時に、その言葉は吐き出された。

「あんな不気味な鉢屋なんかに好かれたくらいで、いい気になるなよ!」

不気味な、鉢屋、なんか?
がつんと、頭を殴られたような衝撃をこの時俺は初めて味わったのかもしれない。

「それって…三郎のこと、ですか…?」

気がつけば、身を乗り出していた。


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