俺は蓮咲寺朔という人が嫌いだった。
…いや、嫌いっていうのは語弊があるかな。苦手…?そう苦手だったんだ。


***


最近になってようやく慣れた道順を辿り、俺はその部屋の前に来た。ちらりと見上げる先に掛けられた木札には、黒々とした墨跡で『学級委員長委員会室』と刻まれている。
ひとつだけ深呼吸をして、それからそっと障子に手を掛けた。どうかいませんように、と祈るような気持ちでそろりと開けると部屋の中央に座っていた人間がこちらへ振り向いた。

「おや、勘右衛門」

いらっしゃい、と青色の制服を纏ったその人が、へらりと笑った。
瞬間、祈りなんて欠片も聞き入れてくれなかった何かを恨みたい気持ちでいっぱいになる。

「……こんにちは」

無視するわけにもいかずしぶしぶといった体ながら挨拶すれば、先輩は全く気にするでもなく何故か楽しそうにまた笑った。

「こんにちは」

二年ろ組学級委員長蓮咲寺朔。
同級生たちの中でも小柄で、立花先輩や善法寺先輩みたいにどちらかといえば女の子みたいな顔をしているのに加えてよく笑うから、何だか頼りなく見えるのにこんなんでも学級委員長なのが不思議な先輩だ。
しょっちゅう七松先輩と一緒に校庭でバレーをしているのを見かけるけど、大抵顔でボールをレシーブしている気がする。忍たまのくせにどんくさくって教科の成績が良さそうにも思えない変な先輩。
そんな先輩はことりと首を傾げてこんなことを言った。

「一年は午後から実技で校外マラソンだって聞いてたけど早かったね」

誰だ一年の授業内容をこの人に教えたのは。そう思う端から脳裏にいつも面を被っている同じ学年の変わり者の姿が高速で過ぎっていく。
こいつも変わり者のくせに一年ろ組の学級委員長を任されているところを見ると、ろ組は変な人間を学級委員長に据える伝統でもあるのだろうかと考えずにはいられない。

「…い組は先生の都合で教科になったんです」

だから早く終わったのだと言えば、対して興味もなかったのか「ふーん?」と微妙な返事が返った。

「それより、他の先輩方はどうされたんですか?」

何であんたしかいないんだと遠回しに言ってみたけれど、そういうところには鈍いのか先輩は棘に気付かなかったようだった。

「先輩たちは今日はいないよ」
「へ?」
「今日は三年生は学園長のご用でいないし、他の先輩方も実習とかそんなんだってさ」

だから今日は何にもしなくていいんだよ。

「それを先に言っておいてください!」

そうすればわざわざここまで来なかったのに!先輩と二人きりになんてならずに済んだのに。

「俺、帰りますね」

言うなり立ち上がり踵を返そうとした俺を、先輩があくまでのんびりと引きとめる。

「あ、待ってよ勘右衛門。ほらこれ見て」
「え?」

ずい、と先輩が差し出したのは草餅だった。

「これ、先輩たちがくれたんだよ。私たちで食べなさいって。だから三郎が来るまで待っててよ」
「…………」

ね、と念を押されて俺は上げかけた腰をもう一度その場に据えた。うん草餅のためだよ。それの何が悪い!

「こんにちは!」

少しだけ乱れた呼吸を整えるのももったいないというように、勢い良く飛び込んできたのは一年ろ組の学級委員長だった。

「お帰り、三郎」
「ただいま戻りました」

面の下の表情は見えなくても、弾む声からそれを想像する事は簡単だった。三郎は甘えるように、先輩に擦り寄っていく。
十にもなってこどもみたいだ。十にもなれば、親にだってあんな風に甘えたりしないのに、何でそんな恥ずかしいことができるんだろう。

「おかえりー」

呆れながらも一応はと声を掛けると、狐の顔がこちらを向いた。

「あれ、勘右衛門。もう来てたのか」
「来てたよ。そして俺はずっとここにいたよ」

今気付いたと言わんばかりの三郎に思わず突っ込む。

「い組は午後、実技じゃなかったんだって?」
「うん。教科だった」
「だから早かったのか」
「そう」

まるで意味のない話をする俺たちを眺めながら、先輩は草餅を皿に並べる。一人二個ずつね、と出された草餅を前にして、三郎が思い出したように立ち上がった。

「私、お茶をいれてきます」
「へ?あーありがとう」

言うなり三郎は再び廊下の向こうへ姿を消した。おそらく食堂まで行ったのだろう。俺と先輩はまたしても二人っきりで部屋に取り残された。
先輩は別段何も言わない。沈黙が落ちる。
気まずいわけじゃない。断じて違うから!と誰にともなく叫びつつ、気になっていたことを何気なく訊ねてみた。

「ねえ先輩」
「何?」
「あの鉢屋三郎をどうやって手懐けたんですか?」
「……勘右衛門はあれだよね」
「なんですか」
「顔は可愛いけど時々びっくりするようなこと言うよね」

顔にも似合わないけど年にも似合わないっていうか。

「もしかしてほんとは十六とか十八とかで、変な組織に謎の薬を飲まされて身体だけ縮んだとかそういうこと?」
「……意味わからないです」
「だよねえ」
「一人で納得しないで下さい」

変わり者の鉢屋三郎。
そのくせ一年ながら成績優秀で、先生方からも先を期待されている。
暑苦しいほど明るいやつとか、人の良さそうなやつとか、そんなろ組の友達といつも一緒にいて、委員会ではやっぱり変な先輩に懐いていて。
変わり者のなのに。
黙り込んだ俺に何を思ったのか、先輩はひょいと顔を覗き込んできた。

「あの、勘右衛門?ごめんね?もしかして気にさわった?」

言って、先輩の手が伸ばされる。頭に触れかけたその手が何をしようとしているのか悟り、俺はさっと身を引いた。

「勘右衛門て攻略難しいよね」

ちょっとでいいから一回その髪撫でさせてくれないか?

「真面目に言ってみてもダメです。ていうかいやです!」
「えー…」

えーって何。えーって。
何だか居心地が悪い。
へらへら笑って、とても簡単に謝ってしまう目の前のこの人が?それとも何か理由があるのかな。でもどうしてなのかわからなくて、ごまかすように俺は草餅を口に押し込んだ。


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