「悪いな。朔は返してもらうぞ」

にかりと満足げに笑ってしゃあしゃあとそんなことを言う小平太に、五人の後輩たちはそれぞれ実に正直にも不服そうな視線を向ける。

「……悪いと思ってはおられないでしょう」
「そんなことはないぞ、鉢屋」

珍しく年相応にぶすくれた顔をする三郎に、思惑通りに事が進み上機嫌、といった風を隠そうともせずに小平太が顔を向ける。

「じゃあ何なんですか。いいじゃないですか、たまには私たちが朔先輩といても。あのひとは私たちの先輩なんですから」
「お前たちの?」

彼らの先輩、という枠の内であるなら、朔以外の六年――自分たちも含まれるはずだが、とぼんやり考える長次は、傍らに立つ男の空気が微妙に変わったことには気付かない振りをした。たしなめた所で無意味であるし、立っても波風と呼ぶには小さな波紋程度のものだ。被害もそう大きなものではあるまい。諦めたわけでも投げたわけでもなく、これまでの経験からの判断がそうさせる。

「鉢屋」
「…何ですか」

腕を組み、鉢屋三郎の――否五年の言い分を黙って聞いていた小平太が目を細め、唇だけが三日月の形に歪む。

「勘違いをしているようだな?」
「私が何を、勘違いしていると?」
「朔は確かに、お前たちにとって先輩だろうが……」

パタパタと、軽い足音がする。次第に近付くそれに紛れるように、誰かが唾を飲む音がした。

「あいつは私の学級委員長だ」
「先輩のっていうか、六年ろ組の、でしょう。大体朔先輩は七松先輩のものでもないじゃないですか」
「まあそりゃ、私のものではないな」
「でしょう?」
「アイツは私のものではなく、私の友人だ。そして私たちはお前たちより長く一緒にいる」

一体何を言い出すのかと、胡乱気な顔をする五年生たちに、唇だけで笑う小平太は楽しげに言葉を継いだ。

「お前たちより私たちの方が、多分アイツをよく知っているということだ」
「……は?」
「何が好きで何が嫌いか。どう言えば食いついてくるか、私たちの方がわかってるからな」
「潮江先輩はダシですか?」
「嘘じゃない。そういう理由もあるにはあるし、なら一緒に行こうと決めたのは朔だ。私や長次が強制したわけじゃないだろう」

挑発的に、獲物を前にした獅子の如く、小平太が笑った。

「選んだのは、朔だ」
「……ッ」

ぴしり、と凍りつく音を聞いた気がする、と後に中在家長次は話す。
この笑顔こそ、朔先輩に見せてやりたい。そう思ったのは直接対峙した鉢屋三郎かはたまた五年全員か。
彼らの矜持に掛けて認めたくはないが思わず固まった五年の気も知らず、足音が近付いてくる。居合わせた全員がよく知るそれが部屋の前に止まり、固まる空気を切るように障子がすらりと開いた。

「あ!やっぱりまだここにいた」

朔がひょこりと顔を覗かせる。拍子に、彼女の黒髪がその背で跳ねた。

「急ぐんでしょう。ほら、外出届貰ってきたよ」
「お、ありがとう!」

朔が手にした外出届を長次に手渡す。

「……行くか」
「ああ、そうだな!じゃあ出発だ!」

言うなり、他の六年に比べるといくらか小さなその身体を、小平太が再び肩に担いだ。

「おー……って何でまた担ぐ!?」
「この方が早いだろう?」
「いやいやいや?」
「喋ってると舌を噛むぞ」
「へ?ちょ、小平太!?ま…うお!ご、五年生!埋め合わせはまたするからねェェェ!!」

木霊するように、朔の声が遠ざかりながらも尾を引いて響く。被さるように、「いけいけどんどーん!」と聞き慣れた掛け声が聞こえたがそれもまた、あっという間に消えていった。
後に残されたのは、台風一過よろしく嵐の後の静けさと、少しばかり呆然とする五年ばかりである。

「……なあ」
「……何?三郎」
「七松先輩ってさ実は立花先輩より性質が悪くないか……」
「あー、うん…。立花先輩の言動には、朔先輩も結構慎重だもんね…」
「七松先輩相手だと、朔先輩って甘いもんな…」
「何か私、七松先輩を無性にぎゃふんと言わせたいんだがどう思う?」
「いいねえそれ…俺、学級委員長として賛成するよ。い組のだけど」
「あ、俺も賛成…。生物委員会委員長代理として先輩より俺らを選んでもらってぎゃふんと言わせたい…」
「はっちゃん、生物委員関係ない」
「知ってる」
「でも俺も火薬委員会委員長代理として賛成」

疲れたような溜息が、同時にこぼれた。


その男、侮るなかれ。
(((((下剋上…してやる…!)))))
(20110726)


煉様リクエストで『天泣夢主と暴君で腹黒な七松』でした。…が。はらぐろ…腹黒…?という仕上がりですみません。私の力量では腹黒で七松というとここいらが限界でした…。当初の予定では七松に委員長が振り回される話になるはずが、気付けば振り回されているのは五年という…。返品は随時お受けしております…!少しでも楽しんでいただければ幸いです。今回は素敵なリクエストありがとうございました。


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