俺と久々知

「若狭先輩!」

駆け寄ってくる足音とその声に、思わず「げっ!」と呻く。
しまった。もう少し周囲に気を配っておくべきだったか。後悔するも後の祭りである。
あーあ。やっちまった。げんなりしつつ、見付かってしまっては逃げるのもアレなので、俺は大人しく足を止めた。

逃げても構わないのだけれど、相手も目的もおおよその見当がついているので無駄な抵抗をしてわざわざ体力を消耗する必要も無いだろう。
というかそもそも、誰がわざわざ校舎内で神経を張り詰めるなど疲れるマネをするものか。

「若狭先輩!今日こそ逃がしませんよ!」
「逃げた覚えはないんだがな。何か用か、久々知」

やれやれと振り返ると、予想通り、藍色の制服を纏う後輩がひとり。
五年い組久々知兵助。通称豆腐小僧。やたらとでかい目が、まるで挑みかかるように俺を映している。
相変わらず目力すごいなこいつ。

「逃げているではないですか。いつもいつもいっつもいつも!」
「あえて四回も連呼する事じゃないだろ、それ」
「ほらそうやって話をはぐらかす」

え、ちょっと止めてくれない?そのじと目。何だ俺、浮気を疑われる夫かよ。

「今日という今日は頷いていただきます。いい加減諦めて火薬委員会委員長になってください!」
「あーうんわかってた。その話だろうなとはわかってた」

だから逃げたかったんだ!
委員長不在の委員会は、五年生が委員長代理を務めるわけだが、さすがに後輩であるので委員長会議などでは気を使わねばならないらしい。そうでなくとも他の委員長たちがあのイロモノ連中である。同等に渡りあうには気苦労が絶えないのだろう。
そんな五年生たちにとって、俺のようにどの委員会にも属していない上級生は貴重な人材らしい。その気持ちはわかるんだけどねえ?

「だがしかし断る」
「…理由を聞かせていただくまで納得できません」
「俺はお前がそこまで俺に執着する意味がわからないがな」
「他に空いている六年生がいないからです」
「うわ直球!」

お兄さん傷付いちゃうよ?とおどけて見せるが、久々知の視線が緩むことは無い。さすがに五年はこの程度では誤魔化されてくれないか。
昔はもうちょっと可愛げがあったんだがな…。

「で、先輩の理由は何ですか?」
「態度でかいなお前。俺が先輩だってわかってる?」
「勿論です。でなければ委員長を依頼するなんて真似していないでしょう」

何言ってんだコイツ、みたいな目で見るのはやめてちょーだい。俺は蔑まれて快感を覚える類の人間ではない。
溜息を零しつつ、俺は項を撫でた。

「あー…理由、なあ」

じゃあ言うが。

「いや俺、お前みたいな美人系でも豆腐でもないし」
「…………は?」
「現委員長代理であるお前以上の美人、もしくは豆腐上級者じゃないと火薬委員長は務まらないと思うんだわ」
「いや、あの……俺豆腐ではないんですが……」
「ま、細かい事は気にするな!」
「七松先輩ですかあんた!」
「先輩にあんた呼ばわりは止めとけよ。つか誰が小平太だ、あんな化物と一緒にしないでちょーだいよ」

あんな体力無尽蔵の暴君と一緒にされてはたまらない。俺は至って平均的な人間なのだ。
だからまあ委員長には向いていないわけで。

「そういうわけだから!」
「え、いやどういうわけですか!ちょ、若狭先輩!?」

ひらひらと手を振り、俺は脱兎の如くその場を後にした。追いかけてくる声に後ろを振り返ってはならない。
もう一回捕まったが最後、久々知の話は長いからな…。
すまん久々知。委員長代理の職務を全うしてくれ。
しかし。

「これなら最初から逃げといた方が早かったか…?」

この後、久々知が食堂で自棄豆腐をしていたと俺の元に複数の目撃情報が寄せられることになるのだが、それはまた別の話である。

遭遇、豆腐小僧!
(20120623)

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