俺と仙蔵

突然ではあるが、俺はある程度空気を読む人間である。
なので、相手が敵に回してはいけない人間であるかどうか、その辺はしっかりと把握しているつもりだ。

「…………」
「おい荘介。もう少しにこやかな顔ができないのか、お前は」

俺基準で敵に回したくない男その一であるところの、六年い組作法委員長立花仙蔵は、その秀麗な顔を不満げに歪めていた。
美形とはどんな表情を浮かべても顔が崩れないらしい。癪に障るが些細な問題だと割り切り、俺は肩を竦めて見せた。

「この状態でにこやかにってそりゃ無理でしょーよ」
「こら動くな。大体無理とは何だ。挑戦せずして諦めるな。それでもい組かお前」

うわコイツ大概無茶苦茶な事を言い出したよ。そもそもい組が挑戦心に溢れた組だなんて六年間耳にした事も無い気がするのだが。

「だから動くなと言っているだろう」
「あだだだだ!」

ぐき、と音がしたのではないだろうか。仙蔵が顔に似合わぬ力で、俺の首を己の方へと無理矢理動かした。

「人の痛みにも眉ひとつ動かさないってどうよ、お前」
「人聞きの悪い事を言うな。私はちゃんと忠告してやっただろう。動くな、と」
「え、あれそっち!?化粧がし辛いからとかじゃなくて、動くと痛い目見るってことかよ!」
「それ以外の何がある?」

仙蔵は涼しい顔でしれっと言ってのける。その間も、俺の顔に白粉を塗りたくる手を止めようとはしない辺りさすがだ。
大人しく口を噤んだ俺に、仙蔵は満足げに笑い今度は紅を手にした。

男が男に紅を注す。……この状況だけ見れば正直気持ち悪い。これで俺がにこやかだったとしてみろ、妖しい道に絶対踏み込んでるだろそれ。内心毒づくが仕方ない。これもまた仕事だ。

無所属委員の悲しい宿命というか、本来俺の職務は問題が起きた委員会の補佐だが、こうして用があると呼び出されればよほどのことが無ければ応えないわけにはいかない。
たとえそれが生首フィギュア用化粧の実験台であったとしても。つか可笑しくないか。生首フィギュア用化粧の実験台って何?本来生首フィギュアこそがその実験台の役割を果たしてんじゃね?何で俺、実験台の更に実験台させられてんのよ。

「いつまでもグチグチと女々しいぞ」
「俺、昼寝したかったんだけど?」
「昨日してただろう。たまには働け」
「人を年がら年中休んでるみたいに言わないでちょーだいよ」
「私は事実を述べたまでだ」
「あのな…」

言いさして止めた。俺が仙蔵を言い負かすなんてできっこない。無駄な労力を裂いてしまった。
委員会を背負う委員長と、普段は手伝い程度のことしかしていない俺では仕事量がそもそも違うということもわかりきっている。
しかし黙って化粧されるのもどうにも居心地が悪い。仕方ないので別の話題を口にした。

「というかそもそも何でわざわざ俺を呼んだのよ。お前んところの後輩はどうした」

今この作法委員会室にいるのは俺と仙蔵、二人のみである。どうせなら美形揃いと専らの評判である作法委員たちに化粧した方がまだ楽しくはないのだろうか。
俺の疑問に、仙蔵は艶然と微笑んで見せた。俺はさすがに騙されはしないが、忍務で使用されることの多いこの微笑に、一体何人の人間が道を踏み外した事か。考えるだに怖ろしい。
忍術学園の生徒その一でよかった。同じモブでもなんとか城の足軽その一とかなら、俺も間違いなくこの微笑の餌食になっているに違いない。

「うちの後輩たちか?今日は揃って街へ出かけている」
「は?街?」
「化粧用の白粉を買いに行かせた」
「はあ」

で、俺を呼んだわけ、か。

「どうせならお前も行けばよかったじゃないか」

そうすれば俺は昼寝していられたのに。

「仕方なかろう。新しい化粧を思いついたのだから。そもそも」
「あ?」
「そもそも実験台にお前以上の適任がいると思うか?」
「はあ?」

わけのわからない仙蔵の台詞に思わず胡乱気な声を上げてしまう。適任?俺がァ?

「可もなく不可もなく、そんなありふれた顔であるからこそ、お前に合う化粧なら万人受けするというもの。お前こそ適任だ」

いや待て。何かすごくいい笑顔でさらっと暴言放り込んでこなかったかこいつ。

「可もなく不可もなく、だからこそ丁度いいって何!?普通を馬鹿にしてんのか、この美形が!!」
「褒め言葉と受け取ってやろう」
「何そのちょう良い笑顔!余裕か!?余裕なのかお前は!」
「お前が私に勝つなど十年早い」
「じゃあ十年待ってろよ。十年後お前の美貌が保たれてんのか見てやろうじゃないか」
「楽しみにしていてやろう」

どこまで上から目線?何だこの仙蔵様は。がくりと敗北を感じる俺に、仙蔵は上機嫌で化粧を続けるのであった。

せめて薄化粧でお願いします
(20120624)

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