if 天泣

「天女様、ですって」

囁くように告げられた言葉に私は軽く眉を上げた。

「天女様?」

何その眉唾な話。
私の呆れ声に雛菊がくすくす笑う。

「朔ならそう言うと思っていましたわ」
「だって、ねえ…。カサネはどう思う?」

隣で湯飲みに白湯を注いでいたもう一人の友人に話を振ると、彼女は肩を竦めることで同意を示した。
差し出された湯飲みを受け取り、ひとくち啜る。熱い白湯が咽喉を通り抜けると、私は息を吐いた。

「で?その天女様がどうしたの?」
「いいえ?どうもしませんわ」

ただ日がな一日忍たまたちに傅かれ遊び惚けておられるだけで。
にっこり、と笑う雛菊はそりゃあもう綺麗だった。

「お菊、怒ってる?」
「怒ってなどいませんわ」

心外だとばかりに雛菊が眉を吊り上げる。
不服そうなその顔ですら完璧に美しいなんてずるい。
私がそんなことを考えているなどとは露知らず、雛菊は崩れることを知らないその美貌のままに赤い唇を三日月の形に歪めた。

「むしろ呆れていますのよ?そんな存在にうかうか引っかかるなんて、忍たま六年の実力も底が知れているというもの。…そう思いません?」

くのたまには甘く、忍たまには厳しい友人の手厳しい一言には苦笑を返すに留める。
確かに雛菊の言う通り、事実彼らがその怪しすぎる『天女様』になぞ骨抜きにされているのであれば弁解の余地などない。
色に容易く溺れるようでは忍など務まらない。
あれだけ昔から散々くのいち教室の面々と遣り合っておいて、それでも尚『女』というものに幻想を抱けるのならば感心に値するとも思うけれど。

「あら朔?どこへ行くの?」

よっこらしょ、と年寄り臭く立ち上がった私にカサネが首を傾げる。

「んー?ちょーっと偵察?その『天女様』とやらも見物してみたいし、ね?」
「お止めなさいな。あちらは何故か知りませんがわたくしたちくのいち教室を敵視しておられる様子ですし、友好を示さない相手にわざわざ不快感を得るために近付く必要はありませんわ」
「そうなの?うちの子たちが何かしたとか?」
「ふふ、くだらない冗談ですわね、あなたらしくもない。わかっているでしょう?わたくしたちの可愛い後輩が、そのように愚かなはずがないと」
「まあそうだろうけどさ」

忍たまが色に溺れても、極論で言えば私たちくのいち教室に関係はない。そりゃ、恋仲の相手がいる者ならばその意中の忍たまが天女様とやらに鼻の下を伸ばしていれば面白くもないだろう。
けれど、大部分にとってみれば愚かな忍たまと笑いこそすれわざわざ不審者そのものの天女様になぞ近付く謂れもないのである。

「それでも天女見物に行くの?」
「うん。どれだけの美姫か、見てみるのも悪くないでしょう?」
「……朔」
「ん?何?」
「暇ですのね?」
「そうともいう」

あっはっはっは、と笑いひらひら手を振って、私は友人二人を残し天女様と忍たまたちがよく現れるという食堂を目指した。
さて、天女様とはどのようなお人だろうか。突然空から降ってきたなんて、まさかお伽話でもあるまいし、そのカラクリは一体どんなものなのか。

「……。……まさか、ね?」

ふと、脳裏を過ぎったある仮説を頭を振って否定する。まさか、私と『同じ』ものであるはずはないだろう。私は空から降ってきてなどいないし、天女などと呼ばれたこともなし。
ぎしり、と軋む床音を聞きながら、違う違うと苦笑する。我ながら何ともお粗末な仮説を立てたものだ。
ないない、と自分で突っ込む私の耳に、聞きなれた友人たちの声と見知らぬ娘の声が届く。

楽しげに上がる笑い声。ああ、これが天女様とやらの声なのか。なるほど、声だけなら十分雛菊と張り合えるなあ。
少しだけわくわくしている私は、存外性質が悪いのかもしれない。
そう思いながら、私は食堂へと足を踏み入れる。
さあさあ、忍たま諸君。君たちが愛する天女様とは一体どのようなお人なのかな?
知らず知らず浮かぶ笑みを隠すこともせず、私は松葉色の集団へと近付いていった。





さあ、はじまりはじまり。



(夢主がくのたまだったら)

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