とある回想

「強くなりたい」と口にした私に、その人は薄く笑った。それが苦笑だということは幼いながらに理解できて、思わず不満を口にすれば、「お前もまだまだだねえ」と更に笑われる。
最弱、などという不本意な二つ名を返上したいのだと言えば、それでいいではないかと返されて、私は眉根を寄せた。

「最弱、大いに結構」
「弱いことの、どこがいいんですか」

ふくれっ面の私の頭にぽんと手を置き、その人は諭すように言い聞かせた。

「弱いことは、悪いことではないさ。相手にそう思わせることも」
「……わかりません」

私は今よりずっと小さくて、だから今よりずっと狭い世界で生きていたしそれを窮屈に思わなかった。
世界は広く、そしてとても深くて足がつかないものだと考えが及ばなかったのだ。
私よりずっと大きく、そして広い世界を泳ぐその人は、唄でも歌うようにさらりとこう言った。

「いいかい。相手に自分より劣ると思わせることで、その相手は優越感を抱く。油断を招く。その隙を利用するんだよ」
「でもそれは、相手より強いことが前提ではないんですか?」
「まあそうだね。しかし強さというものは、弱さの裏側にある。いいかい、忘れてはならないのは、己が『弱い』部分を持っているということだ。弱いということは悪じゃあない。悪いのは、弱さから目を逸らすことだ。己の欠点から目を逸らしてはならないよ。そして己を過信しても。相手の力量を推し量ることと、相手を侮ることは似ているようで異なることを忘れてはならないよ」

最弱という肩書きが広まれば広まるだけ、私の本質は覆い隠されていく。それこそが、私の力となる。

「しかしまあ……本当に弱いままでいてくれた方が、こちらとしては守りやすくはあるんだけれどねえ」

視線を合わせる様にしゃがみ込み、そう言ったその人が最後に零した呟きが、彼の人の「本音」だと知るのはずっと後の話。


とある回想
(20131015)    

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