体育委員会と

(体育の日:滝夜叉丸視点)



あの二人の空気というものは、独特だと思う。

「おや、体育委員会がお揃いで。マラソン?」

藪の中からひょっこり顔を出したその人に、我々体育委員会一同は目を丸くした。頭に葉っぱやら木の枝をつけ、所々制服を泥に汚した蓮咲寺先輩はのんびりと「今日は三之助もちゃんといるんだねえ」と笑った。

「今日は、ってどういうことですか?」

訝しげに首を傾げるのは無自覚な方向音痴らしい反応で、それには皆口をつぐんで答えとした。偉いぞ四郎兵衛、金吾。空気を読むことは大切だ。

「で?みんなはちゃんと揃ってるのに肝心のあいつはどこ行ったの?」
金吾と四郎兵衛の頭をワシワシ撫でながら、先輩は私に視線を向けた。「あいつ」と先輩が気安く呼ぶ相手などこの場合一人しかいない。さて何と答えたものか。

「えー……と……」
「ああ、滝。無理に答えなくてもいいよ?というかどう丸く伝えようかとか考えるだけ無意味だから。どうせすぐわかるしさ」

ごめんね、意地悪なことを訊いて。
軽く肩を竦め、先輩がちらりと視線を投げる。その先にあるのは、鬱蒼とした獣道。我々の通ってきた道でも、先輩が現れた方向でもない。特段変わりのないそちらを見遣り、先輩がひとつ溜息。

「まったく、後輩置いてくってどうなんだろうねえあれは」
「だ、大丈夫ですよ先輩!いつものことですから!」

呆れたような先輩に慌てたのか、金吾が委員長を庇うように口を開いた。
……気持ちはわかる。わかるが逆効果だ。
「ははははは」

蓮咲寺先輩の口から乾いた笑いが落ちる。思わず顔を覆いたくなったのは私だけで、下級生たちはきょとんとするばかり。
「いつものことかー。そっかそっかー」と、蓮咲寺先輩が腕を組む。

「小平太ー。どういうことかなー」
「へ?」

独り言、と言うには大きな声に、我々が首を傾げた。まさにその時。

「呼んだか?」
「呼んだよ」

がさがさ、と葉が落ちてきた。顔を上げるより先に、七松先輩が現れる。音もなく地面に降り立った我らが委員長は、その級友と同じように頭に葉っぱをつけていた。

「で、何だ?」
「何だっつーか、お前ね。委員会でしょ。委員長でしょ。自主鍛錬してるんじゃないんだから後輩置いていくのはどうなんだい」
「置いていったつもりはないぞ?途中で振り返らなかったがな」
「それを置いていったって言うんじゃないの?」

七松先輩の頭に付いた葉を無造作に払い落としながら、蓮咲寺先輩は特段驚いた様子もなく話を続ける。

「まったく…滝がしっかりしてるからいいようなものの、金吾とかはぐれたらどうするつもりなのさ」
「だからこうして迎えに来ただろう。お前こそ、委員会はどうしたんだ?」
「ウチは五年が実習でいないし、休みだよ」
「何だ、それで薬草採りか」

その七松先輩の言葉に、今更ながら、蓮咲寺先輩がしょい籠を負っていることに気付く。

「うん。私の手持ちに少なくなってきた薬があってね。余ったら伊作にあげようと思って多めに採ったんだ」

しょい籠の中を見せるようにする蓮咲寺先輩の頭に七松先輩が手を伸ばす。「ふうん?」と曖昧な相槌を打ちつつ、こちらもまた極自然に、その頭に付いたままだった葉っぱや小枝を払っていく。
七松先輩は最後に蓮咲寺先輩の顔に触れ、頬に付いたままだった泥を指で拭った。

「ん?」
「泥だらけだぞ、朔」
「そう?」

七松先輩が触れた場所を確かめるようにぺちぺちと叩き、蓮咲寺先輩は首を傾げた。

「小平太に言われたらお終いな気がする……」

何だろう、今の。別段不思議な動作ではないんだが、何だこの、モヤモヤ感。この滝夜叉丸を持ってしてもわからない。気恥ずかしいというか、何というか。
当の本人たちが何とも思っていない様子であるところがまた何故かこそばゆい。むず痒い。何だろうこれは。
私がそんなことに頭を悩まされていると知る由も内先輩方は更に話を進めていく。

「そうだ、朔も行くか」
「ええ?」

眉を潜めたその人は、マラソンは遠慮したいという顔である。確かに我々体育委員であっても時折思う。全力マラソン以外のことがやりたいと。……そしたら出てくるのは全力バレーであるのだが。

「どこまで行くの?」
「この山の山頂だ。そこで折り返して学園に戻る」
「じゃあもうすぐそこか…。いいよ、一緒に行っても。ちょうどさっき、これも採ったんだ。頂上で食べよう」

言って先輩が差し出したのは、手ぬぐいに包まれた何か。現れたのは、よく熟した柿だった。
下級生の目が、柿を見た途端輝く。蓮咲寺先輩は目を細めて笑った。

「山頂まで頑張ろうねー」
「はい!」

元気よく答える金吾の頭を七松先輩が少々荒っぽく撫でる。

「いい返事だな、金吾!」

二人の先輩に挟まれて嬉しそうに頬を上気させるその姿は微笑ましい。のだが。

「…何かああしてると」

三之助がぼそりと呟いた。待てその先は言うなわかっているから。という私の心の叫びなど勿論届かない。

「親子みたいっすね」
「「は?」」

金吾はともかく、先輩二人がその呟きを聞き逃すはずもなく、不思議そうな顔をして振り返った。

「親子?」

ぱちぱちと蓮咲寺先輩が目を瞬かせる。

「ああ、金吾と小平太がってこと?そうかなあ?」
「何、私と金吾とがか!だそうだぞ、金吾」
「え、そうなんですか?」

七松先輩の言葉に、状況を飲み込めていなかった金吾も反応する。

「では今日は特別に、親子らしく肩車をしてやろう」

何が楽しいのかにかりと笑い、七松先輩は止める間もなく金吾を担ぎ上げた。
金吾が慌てて七松先輩に掴まり、蓮咲寺先輩はやれやれと呆れたように笑うだけ。
何だか妙な話になってしまったものだ、と思う私の袖を、四郎兵衛がそっと引いた。

「先輩、先輩」
「ん?何だ」

四郎兵衛は内緒話でもするように、私の耳元でそっと囁いた。

「次屋先輩が言ったのって、七松先輩と蓮咲寺先輩が父ちゃんと母ちゃんみたいってことですよね?」
「…………そうとも言うな」

四郎兵衛ですらわかることを斜め方向に解釈したのは、自覚のなさからなのか、それともわかってやっておられるのか。未だにあの二人の事はよくわからない。

「しろーおいでー」

しろは私と手を繋ごうと、にこにこと蓮咲寺先輩が手招く。四郎兵衛がパッと顔を輝かせて駆け寄っていく。その傍らには三之助もいて。

「滝夜叉丸?どうした、行くぞ」

金吾を肩に担いだまま七松先輩が振り返る。
本当にこれではまるで……。
ふふ、と口元だけで小さく笑い、私は先輩たちの後を追った。
まあたまには、こんな気分を味わったっていいだろう。きっとこれも、体育委員の特権なのだ。


家族ごっこを致しましょうか
(20121007初出:20121031再掲載)

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