忘れた色に彩られ

小春日和の昼下がり、のどかなその時間、照星を訪れた客(と呼びたくないが)は、のどかとは縁遠い黒装束の顔なじみだった。

何の用だと不機嫌に対応すれば、いつもの事ながら男はにやにやと神経を逆撫でするような笑みを浮かべそして己の背後を軽く振り返った。
一体何だとよくよく見れば、男は一人ではなかった。男の腰の辺りにしがみつくようにしてもう一人。小さな生き物がいた。

長身の男の背に隠れるようにしていたその小さな生き物は、おずおずと顔を覗かせ、そうして照星を見上げた。
消えそうなほど小さな声で小さな生き物はこう言った。

「こんにちは」
「…………」
「おい照星、ウチの子がせっかく挨拶しているんだ。何とか言うのが礼儀なんじゃないかい」

『ウチの子』?お前子持ちだったのか?いやそれ以前にお前に礼儀を説かれたくない。思わずそう反論しそうになったのを寸でで飲み込み、軽く睨むに留めおく。それからちらりともう一度小さな生き物に目を向ければ、それはそのやはり小さな肩をびくりと揺らした。

「あ、あの…」

何故か涙目である。

(私が泣かしたみたいじゃないか)

「…おい、ウチの子を泣かすとかどういうことだ?」

何もしていないし不可抗力だ。抗議の声を上げようとしたが、それより早く、小さな生き物が動いた。
雑渡の背中から離れ、とてとてと照星の前へ進み出る。小さな手をぎゅっと握り、意を決したように顔を上げた。

「あのッ」
「……何かな」
「あの、はじめまして。私、朔っていいます」

ぺこり。勢いよく頭を下げた拍子に、頭上で結わえた髪が宙に踊った。些か面食らったが、挨拶と名乗りを受けた身として取るべき行動は決まっていた。

「ああ、私は…」

そこで開きかけた口を閉じ、照星は何事かを思案するように顎を撫でた。小さな生き物――朔と名乗った少女は小首を傾げて不思議そうに照星を見上げている。
ふむ…さて、どれが正解だろうか。
記憶の中で浮かぶ姿があった。よしこれだ。
照星は軽く屈み混み朔と目線を合わせた。

「私は照星だ。初めまして、おチビさん」

朔が驚いたようにその目を丸くする。
沈黙が落ちる。
雑渡が眉を寄せ、照星を見下ろしている。どうやら気に食わないらしい。
何か間違えただろうか。そう遠くないいつか、見かけた親子はこうして話をしていたのだが。
内心首を傾げる照星の、袴を小さな手がきゅっと握った。不意打ちに驚いて見遣れば、頬を少し上気させ、朔が照星を見つめていた。

「照星さん?」
「うん?」
「照星さん、ですか?」
「……ああ。そうだよ」

名前を確かめられているのだと気付き、顎を引く。すると朔は、何がそれ程嬉しいのか、ぱっと笑みを浮かべた。

「よろしくおねがいします」
「……よろしく」

無邪気に笑いかける小さな生き物。その頭を撫でてみると、くすぐったそうに声を上げて笑った。

「……」

これはなんというか……。

「おい照星」

娘の百分の一も可愛げのない地を這う声が照星を呼ぶ。

「……何だ」

いやこいつに可愛げとかあっても気持ち悪いだけだな。そう思いつつ顔を上げれば、偉そうに腕組みをした男がじろりと照星を睨みつけていた。

「お前…ウチの娘に何色目使ってくれてるのかな?」

変態か?変態なのか!?

「そりゃウチの子はこの世で一等可愛いけれども!」

照星から奪うように朔を抱え、雑渡が喚く。

「……黙れ親馬鹿。誰がいつ色目を使った」

それもこんな幼子相手に。

「でも今思っただろ?可愛いなー欲しいなー、とか!」
「……」
「ほら見ろその間。沈黙は肯定と受け取る」
「そこまで格好つけて言う台詞じゃないだろう。恥ずかしくないのかお前は」
「恥ずかしくなどないな。というか、何だ。ウチの子が可愛くないと?」
「お前は可愛いと思わせたいのか否定させたいのかどちらだ」
「朔が可愛いのは事実だよ。というか私の娘を自慢したい」
「……」

そんなドヤ顔で言われても。大丈夫なのだろうかタソガレドキ軍は。
そんな義理もない筈だが、照星は思わずこの親馬鹿の部下たちを不憫に思った。

「父様くるしいです…」

大人気なく騒いでいる最中も父親の腕の中ぎゅうぎゅうと抱きしめられていた朔が、小さな声で抗議した。

「おやごめん」

軽い謝罪と共に、解放された朔が「けほ」と小さく咳き込んだ。実は結構な力が込められていたようだ。それにも拘らず、遠慮がちというか控えめなあの抗議。実にいじらしい。

「何だ照星」

じっと見ているとまたしても不機嫌そうな声が「あんまり見ないでくれる?」とわけのわからない注文を入れてきた。自慢したいくせに見るなとはどういうことだ。

「…雑渡」
「何」
「あまり干渉しすぎると、煙たがれるのではないのか?」

父親とは概してそう言うものだ。よく知らないが。

「……」

その一言が思わぬ一撃となったのか、雑渡が黙り込む。朔は父親を不思議そうに見上げた。

「父様?どうかしたんですか?」
「気にすることは無い。その男は大概そういう感じだ」
「へ?」

腕は立つが自由で気紛れ。それが、雑渡昆奈門という男――の一面だと知っている。時には鬼と畏れられる程の忍。
そんな男が、ここまで親馬鹿であるなど誰が想像しただろうか。
振り返った子どもはしきりに目を瞬かせている。

「おチビさん」
「はい?」

間髪入れずに立ち直ったらしい雑渡が「ウチの子にはちゃんと名前があるんだがね」と口を挟んだが当の本人はまるで気にしていないらしく「なんですか?」と照星を見上げた。

「干し柿があるんだが食べるか?」
「干し柿?」

途端、それまで父親を心配していたはずの子どもの目がきらきらと輝く。照星はひっそりとほくそ笑んだ。

「渡来物だがね。嫌いでなければどうだろう?」

期待と共に満面の笑みを浮かべる朔の頭をもう一度撫で、ふと思いついたことを行動に移した。

「ふあ!」

無造作に腕を差し入れ、それでも慎重に抱き上げると細い腕が照星の首に回される。
始めは躊躇いがちに、やがて身体を寄せてぎゅっと抱きついてきた朔に思わぬ満足感を抱いている自分に気付き、照星は苦笑した。
小さな体は予想通り軽く、予想よりもずっと柔らかい。その髪からは、遠ざかった日の様な太陽の匂いがした。

「さて、じゃあ行こうかね。おチビさん」
「はーい」

良い子の返事に頷き返し、照星は歩き出す。その後を追う雑渡が「ちょ、何ウチの子餌付けしてくれてんの!?」と騒いでいるが知ったこっちゃない。
とりあえず朔を返せと喚く男を綺麗に無視していると、腕の中で朔が「あ」と小さく声を上げた。

「ん?どうかしたか?」
「あれ…」

指差す先は青い空。…に浮かぶ白い雲だった。

「あれが?」

どうかしたのかと問えば、朔が「うーん」と小首をかしげる。

「あれって、天狼に似てます」
「天狼?」

空に輝く北極星と同じ名を持つ者とは何ぞや。訊ねれば飼っている犬だという。

「真っ白でおっきくてやさしいんです。すっごく」

その大きさを伝えようと腕を目いっぱい広げてみせる。そんな姿が、無性に微笑ましかった。

「照星さん?」
「いや…よかったらその話もう少し聞かせてくれるかな?」

干し柿を食べながら。
その提案に子どもは嬉しそうに頷いた。

「…雑渡」
「何だ」
「この子がお前に似ない事を私は祈る」
「……真顔でかなり失礼な事言わないでくれるかい」


深淵の色なら知るけれど
(20120213)

「照星さん」
「ん?」
「照星さんと父様は、お友達なんですよね?」
「「……断じて違う」」
「へ?」
「というか朔、何で照星に訊くの。父様でいいでしょそれは」
「でも照星さん」
「え、ちょ、無視!?」
「照星さんと父様は、仲良しでしょう?」
「「いやだから違うから」」
「……仲良しみたいなのに」


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チビっ子委員長、照星さんと出会う!の段…でした。

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