とある開幕前のおはなし。

あるところに、『神様』がおりました。
生まれたばかりでしたので、小さな小さな『神様』でした。

『小さな神様』は、他の神様がそうであるように、折り重なるようにして存在するたくさんの世界のひとつを任されることになりました。
しかし『神様』はまだまだ生まれたばかりでしたので、不安に思ってもおりました。
世界を見守ることはともかくとして、私は正しく願いを聞き届け、叶えてあげられるのでしょうかと。
あまりに『神様』が心配するので、先に生まれた兄姉たちは『神様』を可哀想に思われました。ひとりの神様が『小さな神様』にこう言ったのです。

――ならば練習すればいい。

その神様は、『小さな神様』に己に与えられた世界を広げて見せました。

――ここから選んで叶えてごらん。

『小さな神様』は喜んで、兄姉神様の世界を覗き込みました。
そこは『小さな神様』の世界ではないのですから、もしも失敗したとしても『小さな神様』の世界の人々はちっとも困りません。だから安心して願いを叶えてあげられるというものです。
覗き込んだその世界は、『小さな神様』の世界よりほんの少しだけ大きな世界でした。しかしそこには願いごとがこぼれそうなほど溢れてもおりました。
『小さな神様』は少し迷い、そしてふと見下ろした先に、その『人の子』を見つけたのです。

その子はこれと言って特筆するところもない、いたって普通の人の生を生きる子でした。多くの人の子が思うように、自分を嫌いながらも自分を愛する子でした。人より少し臆病で、臆病な自分厭う子でした。愛されたいと、愛したいと、そう叫ぶように願う子でした。
その子の何が、それ程までに気になったのかそんなことは誰にもわかりません。わかりませんが、『小さな神様』はその子の願いを叶えてあげようと思いました。
愛されたい、愛したい。一人が好き、独りが怖い。自分が嫌い。変わりたい、変われない。
矛盾する自分を、どうすればいいのかわからないながら、その子は諦めてもいたのです。

『小さな神様』は考えました。どうしてあげればいいのでしょうか、と。
考えて考えて、『神様』は素敵なことを思いつきました。
場所が変わっても変われないとその子は嘆いておりましたが、それなら本当にすべて変えてしまえばいいのだと。
人の生の四分の一も生きてしまって今更変われやしないとその子は溜息をついておりましたが、それならもう一度やり直させてあげればいいのだと。
『小さな神様』はある日、その『人の子』を世界から掬い上げてあげました。
そうしてそっと自分の世界へ混ぜてあげました。
『小さな神様』の世界で『小さくなった人の子』は、そうしてもう一度人の生を始めました。

兄姉神様の世界で生まれた魂は、『小さな神様』が掬い上げた拍子に少しほつれてしまったようで、はみ出した糸が『小さな神様』へと繋がっておりました。ですので『小さくなった人の子』の声が、時折『小さな神様』には聞こえておりました。『人の子』は時折泣いてもおりましたが、いつしか笑い声も届くようになりました。
『小さな神様』は嬉しくなって、もう一度だけと、兄姉神様に頼んだのです。

――もう一度だけ、『練習』させてくださいませんか。

兄姉神様は、もう一度だけ、という『小さな神様』の頼みを快く引き受けてあげました。『小さな神様』が喜ぶことも、『人の子』の願いが叶うことも、嬉しかったのです。
『小さな神様』は再び兄姉神様の世界を覗き込みました。
そうして『神様』はその『人の子』を見つけたのでした。
二人目の子も、また、特筆すべきところのない普通の子でした。一人目の子と違うところがあるのなら、自分を嫌っていない子でした。その子は毎晩毎晩繰りかえし繰りかえし同じことを祈り続けておりました。

『忍たまの世界へ行きたいんです、ねえ神様神様叶えてください』

『忍たまの世界』というものが己の世界であると知った時、『小さな神様』はこの子の願いを叶えてあげようと思いました。まさか己の世界に行きたいと望んでくれる子がいるだなんてと嬉しくなってしまったのです。
なので『神様』はその子を二人目に選んだのです。
その時『神様』は、兄姉神様との約束を思い出しました。

一人目の子の時には、うっかり言い忘れてしまいましたので、今度こそはと『小さな神様』は二人目の子を掬い上げた時に、きちんと『約束』を伝えておこうと思いました。
二人目の子は、『小さな神様』を前にして、少しだけ驚いたような顔をしました。それから恐ろしい勢いで願いごとを重ねてゆきました。

『神様お願い、ちゃんと逆ハー補整はつけてね?それから、落ちた先では絶対に六年生か五年生の子に受け止めてもらえるようにしてね?ああ、あと食堂のお姉さんになりたいな!絶対に絶対に忘れないでね!』

『小さな神様』は面くらいましたが、こんな子もいるのだなあと、ついでにその願いも叶えてあげる事にしました。叶えてあげないと話が進みそうにない、だなんて思っていませんとも、ええ。

――いいですか。約束を忘れないでくださいね。

そう切り出すと、二人目の子は眉を寄せて不思議そうな顔をしておりました。

――一つ、正しく人の子として、生きてくださいね。

世界は変われど、人の子は人の子です。
何故こんな当たり前のことを言わねばならないのかと『小さな神様』は首を傾げましたが、兄姉神様が言っていたのだから大切なのだろうと思いなおしました。

――二つ、最初からあったもの、あるべき姿を壊してはなりませんよ。

混ぜてあげるのですから、世界と仲良くしてもらわなければなりません。互いに関わり変わるのならばともかくとして、混ざることで歪ませるなどもってのほかです。
この二つが、兄姉神様からの約束でした。
これはあくまで練習なのです。ですから、もしもうまくいかなかったときのためにと、兄姉神様は言いました。
約束が守られなければ、『人の子』は元ある場所へと返しましょうねと。

二人目の子はずうっとにこにこ笑っておりました。ああ、嬉しいのだな。幸せなのだな、と『神様』も微笑み返しました。
二人目の子はとても慎重に掬い上げましたので、魂にだってほつれ一つありません。ですから完璧に違いないのです。
ああ、あんなに目を輝かせて。
きっと今度もうまくいくでしょう。
そう思い、それからふと、『神様』は気付きました。
二人目の子が願った場所は、一人目の子が辿りついた場所。
意図したわけでは有りませんでしたが、奇しくも同郷の子が出会うのです。
何だか素敵な事ではありませんか。
それならば、と『神様』はもう一つだけ、二人目の子に言いました。


――『あの子』と仲良くしてくださいね。


一人目の子はそんな約束知りませんでした(だって聞いてもいないのですもの)。
二人目の子はそんな約束知りませんでした(だって覚えていないのですもの)。


そうして幕は、開きました。

(20110421)

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