不破 頬を赤らめ懸命に想いを伝える姿は純粋に可愛らしいと思う。 だけれど彼女が懸命であればあるほど、僕はそれに応えることはできないし、滑稽を通り越して憐れみの目を向けるしかない。 「それであのね、鉢屋くん!」 意気込んだ熱っぽい瞳が『僕』を見上げた。 「わたしと――」 最後まで聞き届けることなく遮った。それが良心だなんて、きれいごとを言うつもりはないよ。 「ごめんね、僕は三郎じゃないんだ」 やんわりと笑いかけた僕の言葉に、彼女の頬が見る間に色を失う。焦りと恥ずかしさと、それからなんだろう?色々なものがぐちゃぐちゃに入り乱れたその顔をぼんやりと眺めている自分は、存外意地の悪い人間だと思う。 声を失った彼女――そう言えば名前も知らないや。話していたのかもしれないけれど、端から僕と三郎とを勘違いしていたことをどのタイミングで訂正すべきか、それに気を取られていてすっかり聞き逃していた。彼女の瞳に水の膜が張る。潤んだその目から雫があふれるより先に「ごめんね」と繰り返せば、名も知らない彼女は僕に背を向けて駆け去っていった。 勇気を振り絞ったのだろうその告白をぶち壊しにした僕を恨んでいるだろうか。 間違える方がそもそも悪いのだ、とはさすがに言えない。それだけ僕らはそっくりだった。深く関わったことのない人間にとって、判断することは容易くない。 『そもそも私たちを見間違えるような状態でよく告白しようと思えるもんだな』 冷めた声音でいつか片割れが言っていた。あの時は確か、三郎が僕に間違えられたのだ。 そんな時、三郎は大概冷たくあしらう。それがあいつの優しさなのだ。 そうすればその子は二度と僕らを間違えない。だけどそれでも僕らに近付こうとする者はほとんどいない。 僕のように生温い態度なら誰でも取れる。三郎のように嫌われることを覚悟の上で対峙してくれる方が余程マシだと気付く人間は何故か少ない。 不器用でわかり辛いあの優しさを知るのは、仲間内ばかり。昔の記憶とかそういうものは、多分関係ないのだ。 僕らに想いを寄せてくれる。だけどそう言いながら彼女たちは僕らの外側だけを見て気持ちを推し量っている。 「意地悪だね」 上から聞こえた声に顔を上げれば、階段の陰から見慣れた顔が覗く。 「先輩、いたんですか」 「うん、途中からだけど。ごめんね」 盗み見るつもりじゃなかったんだけどね、と頭を掻きながら先輩は言う。 「いえ、別に」 僕は笑った。その笑みを先輩がどう取ったのか、それは先輩しか知らない。 「最初から言ってあげればよかったのに」 「間違えてるよ、って?」 階段を下りてくる彼女を待ちながら、僕は首を傾げた。 「そうしたら、すんなりあの子も玉砕できたでしょう?」 「……玉砕前提ですか」 何気にこの人も言うものだ。女子生徒にはどこまでも優しい印象が強いだけに、少しだけ驚いて目を丸くした。 「玉砕前提だよ。だってそもそも、雷蔵と三郎を間違えてる時点で、あの子が本当に好きなのがどっちなのか、それも怪しいもんじゃないか」 「どっち?」 「あの子は三郎が好きなのかもしれないけど、あの子が好きになった切っ掛けが三郎じゃなかった可能性だって捨てきれないってことでしょう?」 「……ああ、まあ確かに」 あの子が三郎を好きだと思ったその切っ掛けが、実は僕だったという笑えない話が普通にありそうで、思わず苦笑する。 「すごくぐだぐだだし、そういう子は九割ぐらい玉砕するだろうけど、それでも一直線に自分の気持ちに区切りがつけられるから、その方がいいんじゃないかな」 先輩の口調は、まるで明日の天気の話でもするように気安い。とても他人の色恋について語っているとは思えなかった。 「……先輩は、僕らを間違えないですよね」 「だって違うじゃないか」 今更だよ。 ひらひらと手を振って、彼女はそう言う。 「ま、私の場合は多少ズルしてるようなものかもしれないね」 過去、昔、前世。そんなもので繋がり離れられない僕ら。それをズルだと言うのなら、そうかもしれない。 だけど。 「……なんて言われても、忘れられないし忘れたいとも思ってないんだけどね」 僕は足を止めた。 「雷蔵?」 不思議そうな顔をして、先輩が振り返った。 「どうかした?」 「……いえ」 僕は小さく頭を振って、彼女の後を追った。 飲み込んだ言葉がある。だけどそれは、その先は、まだ貴女に伝えない。 「だから貴女が大切なのです」 (20131023) [しおりを挟む] ×
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