それは僕らの再会劇A

彼らは戸惑っていた。
目の前で正座する少女以上に。

「あの…もういいですか…?」

蚊の鳴くような声でぼそぼそと帰ってもいいだろうかと尋ねてくる少女に、頭痛を覚えたのは自分だけではないだろう。仙蔵はそう思った。
これは誰だ?
思わず誰にともなく問いただしたくなった。無意味だとはわかっていたが。何故ならそこには疑問の余地などなく、あるのは確信ばかりだったから。

これは朔だ。自分たちの友人――そして戦友であった蓮咲寺朔だ。

間違えるはずなどない。たとえ女子生徒の制服を着用していても、顔を隠すように分厚い眼鏡をかけていても、時代遅れのおさげ髪であっても。
はあ、と思わず零れた溜息に、少女の肩がびくりと揺れた。
おどおどと仙蔵の顔色を伺うようにそっと上げられた視線。しかしそれもまた仙蔵と目が合うやぱっと逸らされてしまう。
ああ、これは見覚えがあるな。呆れ半分でそう思った。

「一年の頃みたいだな…」

仙蔵の気持ちを代弁するように、留三郎が渋い顔で呟く。
その一言に他の面々も頷くが、朔ひとりがやはり不思議そうに首を傾げていた。

「いちねんせい…?」

意味がわからないとでも言うように、朔は繰り返す。

「本当に、わからないの?僕たちのこと」

問いかけると言うよりは心配しているような伊作の声音に、少女は申し訳無さそうに眉を下げ、小さく頷いた。

「ぜんぜん、わからないんです。あの、どこでお会いしましたか?」

同い年であるのにひどく他人行儀な物言いである。たとえばこれが本当に初対面の人間同士であっても、同じ学び舎で学ぶ事になる級友だ。もう少し砕けた態度になるものではないのだろうか。
間違いなく、自分たちは怯えられている。その証拠に、冷たいコンクリートの上で正座した彼女は、さっきから膝の上でスカートをぎゅうと皺ができるほど強く握り締めていた。

…ああ、苛々する。

「……おい小平太」

低い声で、仙蔵は黙って少女を見つめていた小平太を呼んだ。
待て、私は小平太を呼んだんだ何故お前がびくびくする。
なるたけ視界に入れないようにと気を配ったつもりだったが、うっかり映りこんでしまったその様子に内心仙蔵は舌打ちした。

「何、仙ちゃん」
「何じゃない。これはお前の責任だろう。何とかしろ」
「え、私?」
「……仙蔵。小平太に当たるのは止めてやれ」

疲れたように文次郎が釘をさすが、そんなこと知ったこっちゃない。

「では聞くが、有無を言わさず屋上まで攫ってきたのはどこの誰だ?」
「そりゃ…小平太だわな」

自分たちは長次から一斉送信されてきたメールを受けて集まったに過ぎない。

『朔がみつかった』

簡素なその一文だけで、彼らはここにいた。
あの瞬間の驚きや喜びを、どう表わせばいいのだろう。
一言くらい、文句をいってやろうと思っていた。
遅いと、いつまで待たせる気だったんだと。
自分たちを見た瞬間、戸惑いを滲ませた朔の一言を聞くまでは。

――あの…初めまして。

「……しかし、記憶がないとはな……」

どこか沈んだ長次の声は、朔以外の全員の気持ちを代弁していた。

「そりゃ、見付からないはずだよね…」
「あの、えっと…」

朔がそっと顔を上げた。うろうろと視線を彷徨わせた結果、伊作のところでそれは止まった。

「あの、」
「え?うん、何?」

ゆっくりでいいよ、話してみて。
なるたけ優しく柔らかく、そう心がけているわけでもないだろうが、元来伊作は優しい。笑いながら促され、朔がおずおずと口を開いた。

「あの、私…その、全然覚えてなくて…。ほんとにごめんなさい。教えてもらってもいいですか?いつ会ったのか」
「ずっと昔だ」
「え?」
「ずっとずっと昔だ。それこそ、空が今より遠かった頃、夜が私たちの世界だった頃、私たちはずっと一緒だった」

小平太はずいと身体を乗り出し、朔の肩を掴んだ。朔はただ、驚いたように目を瞬かせ、それでも視線を逸らす事ができないのか小平太をじっと見つめていた。

「ずっと、昔…?」
「そうだ、ずっと昔。そこで私たちは仲間だった。私たちだけじゃない。お前には、たくさん仲間がいた」
「仲間…」

わかりません。そう言った声は少しだけ泣き出しそうだった。

「ごめんなさい。きっと、人違いです!」

小平太の手から逃げるように立ち上がり、ぺこりと頭を下げたかと思うと踵を返す。駆け去ろうとする少女の腕を逃がさないとばかりに小平太は掴んだ。

「人違いなはずがない。私が朔を見間違えるわけがないんだ」
「ま、小平太の言う通りだな。どこからどう見ても、お前は朔だ」
「わ、私は確かに蓮咲寺朔ですけど…」
「俺たちのことは知らない、と?」

呆れたような視線を投げる留三郎は、苦笑混じりに「相変わらず、妙なところで強情だな、お前は」と零す。

「ほらみろ、やっぱり朔だ」

にかりと笑った小平太に、朔はどこか途方に暮れたような顔で立ち尽くしていた。

「知らないって言うなら、知ればいいだろう?」
「え?」
「私は、七松小平太だ。よろしくな!」
「……中在家長次だ」
「私は立花仙蔵だ。…知らないというか、忘れているだけだろう、どうせ。相変わらずうっかり者にもほどがあるな」
「まあ、そう言ってやるなよ。あ、俺は食満留三郎」
「僕は善法寺伊作だよ。よろしくね?」
「俺は潮江文次郎だ。頼むからさっさと思い出せよ。仙蔵の八つ当たりを食らうのは俺だからな」

ぱちぱちと、朔は目を瞬かせる。そして確かめるように順繰りに、ひとりひとりの顔を見回す。

「えと…」
「何だ、覚えられなかったか?じゃあもう一回だな。私は」
「七松君、でしょう?」
「そうだ。七松小平太」

ずいと差し出された手を、朔がまじまじと見つめる。
小平太の顔と手を何度か見比べて、そして朔はそっと手を出した。控えめだが、確かに握った手を離さないというように小平太が握り返す。

「よろしくな、『朔』」

お日様みたいだ。ふと、笑う小平太に朔は何故だかそんなことを思った。


『初めまして』をもう一度。
(20120131)

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