幸せ咲くよ花嫁御寮!
「昆奈門様」
「んー?なにー?」
間延びした夫の声が返る。千鶴は己の膝の上に置かれた頭を撫でてみた。
「お仕事はよろしいのですか?」
「んー。いいよ。今日は休み」
忍装束ではなく着物を纏う姿から、働く気がないのはわかっていたが、仮にもタソガレドキ忍軍頂点に立つ男が構わないのだろうか。
そんなことを思いながら夫の顔を覗き込めば、閉じられていた目がぱちりと開いた。
「千鶴」
「はい?」
夫の目の中に自分の顔を見つけて、千鶴は笑みを深める。昆奈門も昆奈門で、楽しげに唇を吊り上げた。
(あら嫌だ、悪役みたい)
爽やかさとは縁遠い、にやりと擬音が付きそうな笑顔だなどと、最愛の妻が割とひどいことを思っているなどと、彼が知る由はない。
昆奈門は自分の頭を撫でていた妻の手を取り、頬に当てた。ひやりとした手のひらとは異なり、重なる包帯の感触を通してほんのりと熱が伝わる。
「久しぶりに、出かけようか」
「お出かけですか?どこへ?」
「どこがいい?」
問いに逆に訊ね返され、千鶴は思案するように首を傾げた。やや間を置き、赤い唇が開いた。
「どこへでも」
「どこでも?」
「ええ、どこでも」
意外そうに目を丸くする夫に、千鶴はにこりと微笑みかけた。
「どこでも、あなたとご一緒できるのでしたら」
「……君ってすごいよねえ」
「え?何がですか?」
「いや、そのわかっていない辺りが色々すごい」
意味がわからないとばかりに目を瞬かせるが、それには答えず、昆奈門は妻の手を引き寄せた。
「――ッ」
昆奈門は己の胸へと倒れこんできた小さな体を難なく受け止める。千鶴が気付いた時には、彼女の体はすっぽりと夫の腕の中に収まっていた。
「昆奈門様……」
じとり、と半眼を向ける妻にくつくつと笑い、白い額に唇を寄せる。くすぐったそうに身じろぐ体温は、彼のものよりいくらか高い。
耳を澄ませば、とくりとくりと刻まれる心音は、一体どちらのものなのか。
「花見に行こうか」
「お花見、ですか?」
「ちょうど桜が見頃だろうしねえ」
「そうですねえ」
心なし弾んだ声が耳朶を擽る。きらきらと子どものように輝く瞳が己に向けられる。
早く行こうと急かすような視線に答える代わりに、妻を抱き上げたまま、昆奈門は立ち上がった。
首に絡みつくように回された腕と、寄せられる柔らかな身体、そして甘い香り。
「匂いが移ると、尊奈門が煩いかなあ」
「…?何か仰いました?」
「いいや?何にも」
まあいいか、と昆奈門は歩き出す。
だってこんなにも、幸せなのだから。
(20110404)
[ 2/4 ][前] [次]
[目次]
[しおりを挟む]