罪と罪、そして罰
「何というか、悲惨だねえ」 「悲惨というか、寧ろあれは憐れみたくなるぞ」 「どっちも大概ひどいよ」 膝を突き合わせ、ついでに額が引っ付きそうなほど顔を寄せて、私たちはこそこそと会話に興じていた。 別にこんなことをしなくても人の気配はなく、聞き耳を立てていそうな人間もいないのだが。 「矢羽を使う程でもないだろ?」 「そりゃそうだよ。使ってたら明らかに使いどころ間違えてるじゃないか、それ」 呆れたような小平太に、こちらも呆れて答える。 私たちの話題は密談と称するにはいささか情けない内容だった。 「うん、二人とも話がずれてきてるよ」 伊作がため息交じりに釘を刺す。私と小平太は「だって」とばかりに唇を尖らせた。 「だってこんな話、矢羽で飛ばして誰かに聞かれてみなよ。忍術学園もたかが知れてるって鼻で笑われそうだよ」 「笑われるも何も、僕らの矢羽がわかるのは僕らだけだからね、一応。ばれるってその前提から崩れてるから笑われて当然かもしれないよ」 「伊作、お前もずれてきてるぞ」 さっきからこんな調子で話は進んだり停滞したりを繰り返している。 「で、仙蔵は?それからどうしたの」 「ふらふらしながら長屋に戻った」 「それは聞いたよ」 小平太が肩を竦める。 「その後は床下をひっくり返していたぞ」 「床下?」 怪訝な声で私は問い返した。 次にこちらに引き戻すことができるなら、それは恐らく仙蔵だ。 そう予想した上で対応してきたというのに、その行動は私の予想範疇とはややずれている。 真面目に考えてみるけれど、記憶にある限りあの仙蔵に床下を好む嗜好は特になかったはずだ。むしろ扱う武器の性質上、あの男は湿気を厭う節がある。 「何でまた」 「さあな。何か探しているようだったが…」 何かはいまひとつわからなかった、と小平太は言う。 うーん?と小平太が首を傾げた。私と伊作も同調するように首を捻った。 「床下…床下ねえ…」 「何か隠していたとか?」 「仙蔵が床下に?隠すって何を」 「…………小銭?」 それはきり丸である。 「ならあれか」 「あれって?」 「しゅん」 「いや今それはないよ」 みなまで言わすまいと、伊作が遮るように割って入る。が、残念ながらそこまで言わせてしまうともうほとんど全部言ったも同じである。 しかし伊作の気持ちはわかるので努力をかって、黙っておいた。 そもそも今ここでその展開はないだろう、あったらもうどんな顔したらいいのかわからない。 頭を真面目な方向に切り替えて、私は思いつくことを口にした。 「隠すようなものなんて、思いつくのは精々火薬くらいな気もするんだけど……」 しかしあえて床下に隠すだろうか。自分で言っておいてなんだけれど。湿気を防ぐ術などいくらでもあるとはいえ、必要性はあまり感じない。 「そもそもいくら仙蔵でも常時大量に火薬を持ってるわけじゃないだろう?」 焙烙火矢の予備を持ち歩いているのは常だが、だとしても十を超えはしないだろう。 「まあとにかく、仙蔵が揺らいでいるのは確かだな」 「それはそうだろうね……」 「朔?」 考え込むように言葉を切った私に、伊作が何か気付いたように名を呼ぶ。 「気になることがあるのか?」 小平太も重ねて問い掛けるが、二人は私の答えなどとうに知っている風情である。 「気になるというか、仙蔵がちゃんと帰って来れるかな、と思って」 「……ああ、それは大丈夫だよ」 伊作が静かに笑い、無用の心配だと言う。 「揺らぐのはどうあっても避けられないし、僕らはそれを避けちゃ駄目なんだ。仙蔵だって、他の三人だって」 伊作は視線を伏せる。その言葉の先を継ぐように、小平太が言った。 「こればかりはどうしようもないからな。それに朔が言っただろう?次は仙蔵だと。あれは本来、花の目利きくらいできるはずだと」 腕を組んで宙を見つめながら、小平太が続けた。 「自分が自分『らしくない』…というか、本来の自分なら見逃さなかったことを見逃し、気付くべきところを気付かなかった。それを思い知らされれば誰でも揺らぐだろうさ」 常の闊達とした笑みではない、苦いものと暗いものが混じる横顔を私は黙ったまま見つめた。 その感情を、私は知らない。何故なら私はあちら側に分け入ったことがないから。 こちら側で私が抱いた思いを、きっと小平太たちですら知らないように。 それは仕方のないことで、どうしようもないこと。そしてどうにかして共有したいとは、私たちの誰もが思っていないこと。 「帰って来れないなら、それはそれまでの人間だったということだろう?朔は仙蔵をその程度だと思っているわけじゃないだろう?」 「当然だろう?」 心外だと眉を顰めると、小平太は苦笑した。 「悪い。疑うつもりで言ったわけじゃないぞ」 「それも知ってる」 取りあえず、仙蔵のことは仙蔵に解決してもらおう。天女様の干渉が及ばない限りは。 私たちはあれがこちらに気付くように石を投げた。既に火縄に火は灯った。 「あとは仙蔵次第、だね」 結局結論はそこへ行く。私たちは見守り、あれが求めるならば手を出そう。 「なら、私はもうしばらく仙蔵を見ているか」 「うん、そうしてくれるとありがたいな」 頷く小平太に仙蔵は任せるとして。 「……で、もう一つの方なんだけど」 ちらりと窺うように伊作を見ると、思いっきり目を逸らされた。 「……伊作。私に話してないことがあるでしょう」 「えーと…どれかなー…」 「何だ伊作、隠しごとか?」 面白そうに小平太が身を乗り出す。 「情報の共有は不可欠だろう」 「だよね!」 「いや別に僕は隠そうとしてるわけじゃなくて…」 「じゃあ何で、三郎はあんなに荒れてるのさ」 天女様とのご対面という苦行を乗り切った後輩たちの様子を見に行ってみれば、それはそれはひどい有様だった。 三郎だけならまだしも、雷蔵は三郎と見まがう程に暗い顔をしているし、八左衛門は押し黙っているし、勘右衛門はぴりぴりしながら顔だけ笑ってるし、兵助は私に張り付いて離れなかった。 小平太は仙蔵ひとりを相手にしていたわけだが、私は五年生五人である。 可愛い後輩とはいえ、あのでかい図体を宥めたり褒めたり慰めたりするのは私なんだけど。 「確かにあの子たちは頑張ったと思うし、別にいいといえばいいんだけど、あんな状態になるってあの人何したの」 あの五人の神経を同時にまんべんなく逆なでするなんてどんな才能だ。 伊作は相変わらず明後日の方向を見遣りながら「あはははは」と乾いた笑いを浮かべる。 「い、伊作……?」 大丈夫かこいつは。私と小平太の間にそんな空気が流れた。 「うん、あれはねえ、色んな意味で見るに堪えないというか、えぐい光景だったねー」 「で、でもほら、無事に偵察に成功したんでしょ。不運は発動してないんでしょ」 五年生たちですら、天井裏の観察者に気付いていた素振りは見せなかった。それは間者として大成功と言っていいんじゃなかろうか。 「それはね、成功したよ。だけど僕は思ったんだ」 「な、何を…?」 「あれを見届けることになったこと自体、まあ僕の役目ではあるんだけど、不運と呼んでいいんじゃないかなって…」 五年生たちの荒れ方からよっぽどのことがあったのだろうと想像していたが、見ていただけの伊作がここまで言うとは一体。 「……で、結局何があったんだ?」 あえて空気を読まない小平太は、好奇心を隠そうとせずに身を乗り出した。 「うん…あのね…」 伊作はうんざりした気持ちを隠すことなく、その事の顛末を語るべく口を開いた。 そしてそれを聞かされた私たち二人は、揃って押し黙る破目になるのである。 ある意味彼女は最強である。 (そして最悪だ) (20140925) [目次] [しおりを挟む] ×
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