「先輩、どうされますか?」
「ん?

するりと腰に腕が絡みついてくる。三郎は何かにつけて引っ付きたがるので、そのまま放置することにして、視線で「何が」と問いかける。

「天女に関わりますか」
「んー……。あんまりなあ……。関わりたくは無いんだが」

すると腕に少しばかり力が込められる。わかりやすさに苦笑した。

「とりあえず、現状把握が先かな。本当に六年全員が委員会を放り出して『天女様』に夢中な状態なら、私が動かざるを得ないだろうし……」
「ですが」
「ですが?」
「私は先輩にあまり関わってほしくは無いんですが」
「え、何で」

顔を伏せている為、三郎の表情はイマイチ読めない。しかし不本意そうな声音がその感情を語っていた。

「先輩、絶対に忙しくなりますよ」
「だろうねえ」
「面倒臭がりなのに」
「そうだね」
「第一、あの人が天女だなんて私には到底思えません」
「……三郎?」

急に一段声が落ちる。

「仮に天女だったとしても、外部の人間を容易く内へ入れることはもう少し慎重になるべきことかと」

悪戯を好み、珍しく面白いものを好む彼の性状を考えれば、少しだけ珍しい発言だった。

「頭から否定するものじゃないよ、三郎」

かけた声は窘めるように響いて、面白くなかったのか三郎が眉を寄せる。

「彼女が天女か否か、それは脇に置いておいて、冷静にかつ客観的に考えてみようか?」

曇った目では、事態を把握する事ができないのだから。

「今までだって、外部の人間が入ってきたことはあったろう?」

ドクたま然り、自称剣豪然り、風魔くノ一にどこぞの乙名、海賊、果ては落ちぶれた貴族なんてのもいたっけなあ…。
意外と外部の人間が入ってきているなあ、と指折り数える。

「でも彼女と今までの外部の人間は明らかに違いますよ。先輩も気付いておられるかと思いますが」
「……そりゃあね」

今までの外部の人間と彼女との決定的な違いは、彼女が外の人間でありながら外へ帰っていかないということだ。外部からやって来た人間はあくまで外部の人間。自らの帰る場所へ戻っていく。けれど行き場のない彼女は外部の人間でありながら、内へ留まり続けている。

「職員になればまた話も違うのかなあ」
「さあ、どうでしょうね」
「ん?」
「少なくとも、この嘆願書のような現状であるならば、彼女が職員となり学園の者となって生じるかもしれない弊害を考えるべきです」

元々頭の良い子ではあるけれど、今日の三郎は妙に食い下がる。何かあったのかと訊ねようとするがそれを封じるように三郎は言葉を重ねた。

「私は先輩に着いていきますが」
「そう言われると何か自分が男前になった気分になるから不思議だよねえ」
「彼女に夢中な諸先輩方よりは少なくとも男前ですよ」

褒められているのかけなされているのかわからない台詞に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべれば、三郎がけらけら笑う。
その顔は、普段の悪戯好きな天才と特に変わりはなく、気のせいだったのだろうかと安堵した。何だか耳に痛い台詞でもあったがこの際それは置いておこう。

「……でもまあ、彼女が天女であるはずはないんだけれどね」

一度だけ、真正面から彼女に接した事がある。小平太たちが褒め称える天女様がどんな人なのか、興味があったのだ。
言葉を交わしてみてはっきりとしたことは、彼女は天女やましてや学園に潜り込んだくノ一などではなく、ごく普通の女子高生であるということ。
私と同じ時代に生まれた子が、この時代にひとりきりいきなり放り出されて何ができるのか。何もできないことは自分が一番わかっている。偽善的で何様だといわれればそれまでだけれど、だから私は、学園が彼女を保護すると聞いたとき、特に反発も警戒もしなかった。


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