場面転換はお手の物
「ふうん?臨時予算会議、ねえ」 部下からの報告を聞き、日々の職務を捌く傍らで、雑渡は手にした書簡に目を落とす。 書き付けられた情報は何某の城の内情でも国力でも何でもない。他愛ない近況報告の文のようだ。 記す文字が柔らかな丸みを帯びているところを見ると一見彼の養い子からのものかと思いがちだが、そうでないことを陣内は知っている。 「五条が何か言ってきましたか」 「んー?まあねえ……」 どこか上の空で生返事を返す雑渡に、陣内はそっとため息を吐いた。 「臨時予算会議とやらが開かれるんだってさ。伝達が伝聞にでもなってなけりゃね」 「それは尊奈門から高坂へ、更に五条へという過程において、でしょうか?」 「冗談だよ。うちの部下がこの程度の伝達もまともにできないはずがないじゃないか」 陣内の声に諌める響きを拾い上げてか、雑渡が軽く肩を竦める。 確かにそれは陣内も認めるところであるが、しかし今問題視しているのはその点ではない。 忍術学園の周辺に、雑渡が高坂や諸泉だけではなく五条らを配していることは薄々察していたがしかしこうもあっさりと肯定されてしまうと返す言葉がない。 「組頭」 「何だ」 「せめて多少は隠してください」 もしくは取り繕ってください。 部下をどう考えても私情で動かしているのだ。褒められたことではない。 「今更取り繕ってどうする?私とて時と相手は選んでいるさ」 雑渡は書面に落とした視線を上げることもなくさらりと言ってのける。 「それは理解しておりますが、私の立場もお考えください。……いえまあ今更ですが」 端から諦めている己を知っている。陣内もまた、この件では雑渡と同罪だった。 「しかし五条は妙な特技をどんどん伸ばしているようだね」 「…左様で」 五条はいかなる筆跡でも再現してみせるという特技を持つ。偽書の作成には非常に重宝するが、今回の書簡の体をとった報告書では、その必要もないのにわざわざ女文字を駆使している。 朔の筆跡を知らない人間であれば、娘から父への近況報告としか思わぬだろうが、見る者が見れば悪ふざけと紙一重に思えた。 「さて、どうするかな」 独り言ちる雑渡の声に陣内は首を捻った。 天女などという不可解な存在が紛れ込んだらしいと知った時から、陣内は雑渡が横槍を入れることを疑っていなかった。朔が絡もうとそうでなかろうと、彼が興味を引かれない理由にはならない。 恐らく朔に被害が及んでいなくとも、面白半分にちょっかいを掛けるであろうと容易く想像できる。 「どう、とは」 「ん?…ああ、朔だよ」 「朔?」 「今の状態じゃ、十中八九予算会議を仕切るのは朔だ。しかしそれを本来の主役たちはどう捉えるだろうねえ」 部下からの文をひらひらと振りながら、雑渡は笑う。 「ま、七松君と伊作君は無事に生還を果たしたらしいから多少使い物にはなるだろう」 辛辣な物言いに、子供相手に実に意地の悪いことだと陣内が内心で呟いていることを知ってか知らずか、雑渡は「それより」と言葉を継いだ。 「気になるのは、あのお嬢さんの方だな」 「……天女、ですか?」 「また可笑しなことを企んでいるようじゃないか」 それは初耳だと軽く目を瞠る陣内に、雑渡は鼻を鳴らした。 「余程気に障ることがあったようだねえ。…ま、私にとってつまらないことに変わりはないが、どうも面倒事ばかり起こしてくれるお嬢さんだ。……陣内」 「は」 一段低く名を呼ばれ、陣内は反射的に背を正した。 「陣左に繋ぎを。ウロギダケから目を離すな」 「ウロギダケ、ですか」 つい先頃耳にしたばかりの他国の名を繰り返す。けれど何故とも問わず、陣内は無言で一礼を残し、己の役割を果たすべくその場を後にした。 一人残った雑渡は、ぱらぱらと書簡を繰る。手慰みの様な仕草でそうして、文机に頬杖をついた。 「やれやれ」 ちらりと目をやれば、陽の落ちた空は墨色に塗り替えられている。今宵は新月。忍にとって恰好の夜。 「三流は所詮、三流か…。…しかし卵と三流、どちらに分があるだろうね」 誰にともなく呟いた声は、夜の帳に霞んで消えた。 回り始める舞台の裏側 (20140317) [目次] [しおりを挟む] ×
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