三文茶番劇

「ん?何だ仙蔵。こんなところでどうした」

医務室へ足を運んだ私を出迎えたのは、目的の人物だけではなかった。

「お前こそどうした、小平太」

随分寛いだ姿で、小平太が笑う。

「休憩だ」
「休憩?」

小平太の口から出たにしては意外なひと言だった。そう思ったのは私だけではないらしい。奥から湯呑を手に現れた伊作が「珍しいよね」と苦笑する。

「私とて休息くらいは取るぞ」

小平太は心外だと眉を上げるが、さて幾人がその言葉に同意するだろうか。

「体力馬鹿がよく言う」

その隣に腰を下ろしながら、私はふと辺りを見回した。

「何か探し物か?」
「…いや。ただ…」
「ただ?」

胡坐をかいた膝の上で頬杖を突き、小平太は丸い目を瞬かせた。

「…ただ…。…何だった?」

がくり、小平太の顎が支えていた腕ごと崩れ落ちる。

「私に聞かれてもわかるものか!」
「それはそうだが…」

何故だろう。何故か小平太ならば知っている気がした。
何をだろう。わからない。ただ…そうだ、そこにあるような気がしたものがなかったのだ。

「なんだそれは」

呆れたようなその顔が癪に障る。そんな私に気付いたのか、伊作が「まあまあ」と間に割って入った。

「ところで仙蔵はどうしたの?」

具合でも悪いのかと伊作に問われて、私は緩く首を振った。

「いいや。私に問題はない」

健康そのものだ。用があるのは確かだが。
そうだ、本来はこちらが目的であったのだ。

「伊作、お前心を鎮める薬を知らないか」
「心を鎮める薬?」

首を傾げる伊作に、私は更に詳細な説明を続けた。

「厳密には、安らがせる効能のある薬だな」
「心を?仙蔵が…じゃないよね?」
「ああ。唯歌さんだ。先だっての夜襲の折に唯歌さんは恐ろしい思いをしただろう?あれからどうもふさぎがちというか物思いに耽ることが多くなったように思うのだ。私たちが側にいることができればいいが、夜はそうもいかない。…六年長屋に居を移すことも考えたが、夜に一人になることは変わらないからな…。せめて不安なお気持ちを和らげることができればと思うんだが」
「ふうん?あの人がそう言ったのか?」
「唯歌さんがそんなことを言うはずがないだろう」

あの控えめな人が、自分を殺して他者を思うような人が、そんなことを言うはずがない。

「ああ、それじゃあこれを持っていくといいよ」

伊作が立ち上がり、薬箪笥から小さな薬包を二つ三つ取り出す。

「これは?」
「薬草茶だよ。仙蔵が今言ったような効能があるんだ」

包みをひとつ、指でつまんで持ち上げる。

「随分準備がいいな」
「…まあね」

伊作は目を伏せ、小さく笑った。ふと、小骨が喉に掛かるような心持がしたが、その時私は然して気にも留めていなかった。

「あの人は僕から物は受け取らないだろうから、僕が作ったことも隠した方がいい」
「唯歌さんが?何を言うんだお前は」

伊作は困ったように曖昧に頷き、それには答えなかった。

「…取りあえず試してもらってみてよ。まだ必要なら言ってくれれば作るから」
「これだけしかないと言うことか?」
「うん。朔に一つと、あと鉢屋たちに一つずつあげたから」
「朔と…鉢屋たち?五年か?」
「そう。最近色々あったから。気休めにはなるだろうと思ってね」
「五年といえば、唯歌さんが五年に会ってみたいと言っていたな」
「五年に?」
「夜襲の折、唯歌さんを救ったのは悔しいが五年の手柄だ。その礼が言いたいのだそうだ」

伊作と小平太が顔を見合わせる。

「あの、仙蔵?それってもう五年に言った?」
「いいや?これから言おうと思っているが」
「だよね。よかった」
「…よかった?」
「それはそうだろう。今あいつらをあの人に合わせたら何が起こるか…うお!?」
「ああっと!!ごめんよ小平太、手が滑った!」

伊作の手から飛び出した湯呑をかわし、小平太が飛びずさる。

「伊作ちゃーん、今のは明らかに…」
「ん?何だい?」
「…何でもない」
「そうだよね、小さな問題だよね?」

「ね?」と念を押すように繰り返し、伊作は怪訝な顔をする私へ向き直った。

「五年生たちになら、朔に話してもらったらどうかな」
「朔に?」
「五年生…特に鉢屋辺りは朔の言うことなら素直に聞くだろ?」
「まあ、確かにそうだな」

ふむ、と私は件の朋輩の顔を思い浮かべた。へらりと頼りなく笑う顔が容易く思い起こされる。
しかし鉢屋を筆頭に五年連中があの友人に懐いているのは事実だ。

「朔なら、委員会室にいるぞ」
「委員会室?学級委員長委員会か?」
「ああ。…ところで仙蔵」
「何だ?」
「お前の方は最近どうなんだ?」
「私?」
「作法委員会は暇なのか?」
「何を言う。我が作法委員会は…」

心外な一言に小平太を睨んだまではよかったのだ。問題は。

「仙蔵?どうしたの?」

伊作が首を傾げて、動きを止めた私の顔を覗き込む。

「…いや、大丈夫だ」

手を振り、私は殊更大仰な動きで立ち上がった。後々考えれば、まったくらしくないと言わざるをえない。

「委員会室だな」

独り言のように口の中で呟いて、私はふらふらと廊下に出た。
その背を見送っていた小平太と伊作が、一体どんな顔をしていたのか、そんな私が知る由もなかった。


お代はお後で 
(20131102)   

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