戦うあなたは美しい
授業を終え、学級委員長委員会室へ向かう道すがら、珍しい人を見た。 「あれ」 「やあ、朔くん」 相手もこちらに気付き、気安い調子で片手を上げる。 「お久しぶりです、利吉さん」 山田先生に御用ですか? 十中八九そうだろうが、最早これは挨拶のようなものだ。 利吉さんも慣れたもので、笑ってそうだと応えた。 「奥様からのお届け物ですか?」 と、利吉さんの身なりをそれとなく確認するが、彼が父親をおとなう際に抱えていることの多い大きな荷物は見当たらない。 「いいや、今日は私の個人的な用で来たんだ。君は…授業終わり、と言ったところかな?」 「ええ。これから委員会ですけど」 「それは多忙だね」 「利吉さんには負けますよ」 私は肩を竦めてみせた。 売れっ子のフリープロ忍から見れば、忍たまの立場とは気楽なものだろう。 「いやいや、とんでもない。君の方こそ、最近は特に大変なんじゃないかな?」 軽い口調。しかし、浮かべたその笑顔は、プロ忍のそれだ。 「滅相もございませんよ」 相手が切り込んでこないのならば、私はあくまで白を切るのみ。利吉さんといえども私が懇切丁寧に説明する理由はない。 「ま、そういうことにしておこうか?しかし学園に咲いた花の噂は随分と遠くまで聞こえているよ」 でしょうとも。……と返しくなる衝動を飲み込んで、私は小首を傾げた。 「花、ですか?遠く聞こえる程の名花ならば、さぞや美しいことでしょうね」 「おや、君は知らないのかい?」 「それ程の美しさを誇る花に覚えはありませんね。…利吉さんは、その花を観賞しに来られたのですか?」 「いやあ、残念ながら、私は無粋な男だからね。花がいくら美しくとも、花は花。――そうとしか捉えられないな」 「まあ、花は花ですからねえ。ひとが人であるように、変えようがないですし」 その根本的な枠組みからはみ出してしまえば、それはもう別のものだ。 利吉さんは何故か少しだけ驚いたように目を瞠った。 「利吉さん?」 訝しむ私に、彼はハッと我に返る。 「私は何か変なことを言いましたか?」 変なのはこの一連の会話そのものだが。利吉さんは頭を振って苦笑した。 「君は時々妙に的を得たことを言うね」 「…それは褒め言葉ですか?」 「まあね。…おっと、長話をしてしまったな。悪いね、君も忙しいだろうに」 「いえ」 「じゃあ私は父上の顔でも見てこようかな」 それが本来の目的であろうに、まるでもののついでのようにさらりと言って、利吉さんは職員室の方へ顔を向けた。 「山田先生なら、校庭の方にいらっしゃいましたよ。は組の実技の補習だそうです」 「……そこは相変わらずみたいで、喜んでいいのか嘆けばいいのか」 利吉さんは微妙な顔で呟く。本来は第三者である彼が一年は組の成績を心配する必要もないはずだが、しょっちゅう厄介ごとに巻き込まれているらしいので大げさに言えば死活問題なのかもしれない。 利吉さんは父親に似ていない、形の良い顎を指で撫でた。 「父上の部屋で待つべきか、食堂のおばちゃんのところへ行くべきか…」 思案顔で彼が口にした言葉を遮る勢いで、私は第三の提案を投げつけた。 「学園長先生に会いに行かれては如何でしょうか?」 「…学園長先生に?」 「学園長先生も、たまには利吉さんに会いたいなーとか思ってらっしゃるかもしれませんし。ね!」 利吉さんは思いっきり怪訝な顔をする。しかし私としては嫌な可能性は芽の出る前に潰しておきたかった。内情を話さないくせに矛盾していると言われるかもしれないが、万が一にも利吉さんが件の花の餌食にでもなったりしたら、私は山田先生に合わせる顔がない。 「…って、花は花でも食虫植物?ラフレシア的な?」 「朔くん?」 「え、ああ、いえ、何でもないんですが。…学園長先生のところへ行かれないのであれば、お部屋で待たれてはいかがですか?さすがにもうじき山田先生も戻られるかと」 「そうだね、そうしようか」 あっさりと頷いた利吉さんは、職員室に足を向ける。私はその逆、委員会室へ。互いに背中を向けあったその時、利吉さんがふと思い出したようにこう言った。 「ああ、そうだ、朔くん」 「はい?」 肩越しに振り返る。利吉さんの背中が見えた。 「噂の名花が如何程かは知らないけれど、その花は虫を誘う香りを持っているようだね」 「…香り、ですか」 「とても芳しく、不愉快な香りをね」 背筋が粟立つ。ぐるりと身体を反転させた時、既に利吉さんの姿はなかった。姿どころか気配も残さないとは、さすがである。 「芳しくて、不愉快、か…」 最後の言葉を繰り返し、私はため息を一つ吐いた。 不愉快。まさにその通りだ。だけれども。 「あの連中は、鼻がどうにかしてるってことかな…」 でなければあんなに近くにいて平然としていられるわけがない。 「…あ、平然とはしていないか」 完全に毒されているではないか。 ふと友人の顔が頭をよぎった。 「学園一冷静な男…か…」 さてその二つ名を、彼には一度返上してもらわなければなるまい。 燃える戦国作法、立花仙蔵。 君の努力が、塵芥となるその前に。 そしてそれこそ意味がある (20131101) [目次] [しおりを挟む] ×
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