その良く晴れた日、『彼女』は文字通り降って来る様に現れた。
一部始終を見た者は言う。稲妻のように空が一瞬光ったと思った次の瞬間、空から『彼女』は落ちてきたのだ。
丁度演習場で実習中だった六年は組の食満留三郎が受け止めた『彼女』は、己は『ヘイセイ』という未来の世界からやって来た者であると名乗ったのだと言う。
俄に信じがたい言葉であったが、学園長先生は行き場のないという彼女の学園逗留を認められた。
事務や食堂のお手伝いさんという肩書きを手に入れた彼女は、忍たまたちと接する機会も必然的に多くなる。そして当初は警戒していた彼らも彼女に接する内に次第に心を許し、優しく明るく性格とその美しい容姿からいつしか『天女様』と呼ばれるようになった。
そして一部の生徒(主に我が級友たちだが)は『天女様』の魅力の前に骨抜きなのである。


忍のタマゴである前に年頃の青少年であるというべきか、青少年であるまえに忍のタマゴだろうと苦言を呈するべきか。
ぼんやりとそんなことを考える私を余所に、三郎が感慨もない声音でぽつりと呟く。

「くのいち教室とは明らかに違うとは認めますが」
「そりゃ、平成時代の女子高生とくのタマが一緒だったらちょっと困るって」
「え、何ですか?」
「いやー。独り言。くのタマと一緒だったら、多分『天女様』とは呼ばれていないだろうねって話」
「そりゃそうですけど。…でも私には、『彼女』にそこまで入れ込む気持ちがわかりませんけどねえ」

先輩はわかります?と茶化すように訊ねてきた後輩に、私は肩を竦めて見せた。

「残念ながら、私には同性に恋情を抱く人間ではないからねえ」
「そうでしょうねえ。そんな格好していても、先輩は一応天女様と同性ですしねえ」

そんな格好とは随分な言われようである。
確かに性別で言うならば私が本来身にまとうべきなのは六年の緑ではなく、くのタマの桃色ではあるのだが。
我知らず、さらしで押しつぶすようにした胸へと目をやった。私の性別などすでに学園内では周知の事実なのだから、男装する必要があるのかと問われれば答えに困るが、六年前にくのタマとしてではなく忍たまとして入学を許可された折に出された条件の一つであるしできることはするに限る。そんなことをせずとも胸などないじゃないかと真顔で言った文次郎を張り倒したくなったのは記憶に新しい。

「一々君の言葉が胸に突き刺さるのは何でだろうねえ」
「先輩は深く考えすぎなんですよ」
「でも浅く考えていた結果が今の嘆願書なんだけど」
「……まあそうなんですけどね。でも先輩の責任ではないでしょう。学園長先生を筆頭に、先生方は静観の構えですし」
「そうなんだよねえ。……四年生は?」
「四年生は大部分が『天女様』崇拝ですね」
「崇拝?」

耳慣れない言葉に首を傾げると、三郎は「アレはもはや崇拝ですよ」と鼻で笑った。

「その顔は止めなさい」
「そうですね。雷蔵はこんな顔しませんし」
「……そうじゃなくて、後輩のことを話すときにそういう悪い顔は止めなさいってこと」
「わかってますけど」

それでもそう形容する以外にないと、三郎は言う。
まあ、忍たまが接する機会が最も多かった「女」と言えば、くのいち教室を例外として、今まで食堂および事務のおばちゃんもしくは年齢不詳の山本シナ先生であり、そこにきての天女様の登場であるのだから、仕方がないと言えなくもない、気がする。
しかし。

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