唐突なる幕切れ

何だ?この状況は一体何なんだ?

乱れる呼吸を整えて、事態を把握しようと必死に頭を動かす。
だけど思考はまとまりに欠け、組み立てようとする端からばらばらと崩れていく。
一手二手と切り結び、間合いを取っては刃を交わす。唯歌さんが捕らわれている為に下手な事はできない。僕たちが不利であるのは端からわかりきっていたことだった。
けれどこれは何?どうしてこうも早く息が切れる?苦内が重い?
身を引いた僕と背を合わせ、目の前の敵と対峙する留三郎の様子をそれとなく伺う。留三郎ですら、肩で息をしていた。

「チィッ!!」

鉄双節棍が描く軌跡は、常に正確であったはず。それが今は大きくぶれる。
腹立たしげに舌打する留三郎の肩の向こうに仙蔵と文次郎がいた。遠目にも、不利なのはどちらであるのか見て取れる戦局。
この位置から小平太と長次の姿は確認できない。無事だといいんだけど、とそこまで考えて、僕はハッと顔を上げた。

「ッ!留さん、朔は!?」

そうだ、朔だ。最も厄介そうな相手と向き合っていた友人をどうして忘れていられたのか。ろくに策を立てる間もなく、沸いて出た敵を片付ける為に散開した。あれから朔は。

「伊作!」

留三郎が鋭く僕を呼ぶ。意識を逸らす事が戦場では命取り、それを何故かこの時の僕は失念していた。「え?」と振り返ったそこに迫る刃。しまった、と思ったがもう遅い。避けきれない。留三郎が血相を変える。そんな顔を視界の端に捉えて覚悟を決めたその時、ギィン!と重い鉄の音が響き、何かが僕の前に躍り出た。僕を貫くはずだった刃を叩き落した松葉色の同輩。それは。

「朔?」

僕らより幾分線の細い丸みを帯びた肩。小さな背中。それはまさしく、蓮咲寺朔のもの。

「おやおや、お友達を気に掛ける余裕があるのですか?」

ぞわり、と背筋を撫でる愉悦混じりの低い声が響いたのは、僕が朔を呼んだのとほぼ同時。朔は眉を潜める。

「朔、下がれ!」

留三郎が、僕と朔を押しのけて前に出る。

「こいつは俺がやる!」
「おや?あなたが相手をしてくださるのですか?そんな弱弱しいお姿で?」

曲者はニヤニヤと笑い首を傾げてみせる。

「なッ!?」

嘲笑。まさにそれ。しかし曲者の言葉が否定できないものであるというのは、確かな事実だった。留三郎の動きには、無駄が多い。その分体力の消耗も大きく、対する曲者は余裕綽綽で笑みを浮かべてすらいる。留三郎と僕、二人掛りでようやっと一人を地に沈めたばかりの僕らとでは、どちらが優位であるのか察するのは容易かった。
どうする?どうすればいい?考えろ。考えるんだ。こいつを何とかすれば、敵は引くはずだった。この男が場を支配していた。それは間違いないはずだった。
こんな時、どうすればいいのか。僕は、僕らはそれを知っているはずだった。

「この野郎ッ!!」
「留三郎!」

朔が制止の声を上げる。しかしそれより早く踊りかかった留三郎が、その場に崩れ落ちた。

「ぐぅ!?」

腹を押さえて蹲る留三郎に、曲者は冷ややかな視線を向ける。

「己の力量程度、弁えてはいかがですか?まあ所詮は忍たまですから?仕方ないのでしょうが」
「ッ!!」

冷や汗を掻きながらも留三郎は曲者をねめつける。しかし曲者は興味も無さそうに周囲を見回した。

「こんな時までお友達の心配ですか?仲良しこよしで良いですねえ?」

留三郎に駆け寄った僕は、その言葉が僕に向けられたものではないことを知る。
四方から同時に向けられた敵意。四人の朋輩の攻撃を紙一重で交し、曲者は唇を吊り上げた。
小平太の苦内は宙を切り、長次の縄標は敵を捕らえることも叶わない。仙蔵は距離を取り出方を窺っている。その顔の下で策をひねり出そうとしているのだろう。蹲る留三郎を一度だけ振り返り、文次郎が吠えた。

「貴様ァァァ!!」
「あまりに代わり映えのしない展開にはがっかりです」

男が、ハァ、と溜息を吐いた次の瞬間、地面に伏していたのは文次郎だった。

「そんな…」

相手はプロの忍。だけれどもこれ程までに歯が立たないものなのか?僕らだって忍たま六年。今までそれなりに実戦経験だって積んできたし鍛錬だって――。
……あれ?
こんな時であるというのに、過ぎったものが僕の動きを止める。何だ、この違和感。これは何?何か僕は――。

「伊作!!」

仙蔵の鋭い声が僕を引き戻す。ああ、さっきもこんなことがあったばかりじゃないか。何で二度も僕は――。

「貴方の相手は私でしょう?」

紙一重、まさにその距離で、ぴたりと切っ先が制止した。
僕へと刃を向けていたはずの男は、僕など存在していないかのように、声の主に目を向けた。

「貴方の相手は私でしょう?」

男が微かに息を呑んだ。
男の首筋に、苦内を押し当て、声が静かに繰り返した。

「朔、一度引け!」

仙蔵の声が響く。けれど朔は男だけを見つめ、小首を傾げた。

「煩いよ仙蔵」
「何だと!?」
「これは私の獲物だよ」
「朔…!」
「長次、小平太と天女様をお救いして」
「しかし…」
「私も反対だ!私はこれと戦う!」
「お前たちまでこれと戦って、じゃあ誰が天女様をお救いするの?」

声はどこまでも静かだった。

「これ、扱いとは私も見くびられたものですね」
「私の守るべき学園を荒らすものはコレで十分」

刃が皮膚を裂く直前でそれを交し、男が飛びずさった。

「長次、小平太を連れて行け!」
「朔!?」
「天女様くらい自分たちで守りなよ。悪いけど、私は私の後輩たちに彼女を守らせるつもりなんてないよ」
「どういう、」

意味だと、きっと仙蔵は続けようとした。けれどそれは結局叶わなかった。

「余所見をしている場合ですか!?」

繰り出されたのは四方手離剣。土に突き刺さったそれを朔はちらりと一瞥した。

「随分と余裕ですねえ!!」

間合いを詰め、迫る男。

「朔!」

叫ぶ僕は、しかし言葉を見失う。
繰り出される攻撃をすべて避け、男へ向けて朔が攻める。

「え…」

コレは何。コレは誰。
六年の中でも武闘派としてならした留三郎や文次郎をあっさりいなした相手だった。それと互角に、いや優勢に立って戦っている?
朔が?
纏うものは紛うこと無い殺気。

「速い…」

どこか呆然と、長次が呟いた。確かに、速かった。
朔は接近戦、体術を最も苦手としている。だから僕らの中では「最弱」なのだ。確かにそれを補う術を朔は持っている。だけどそれは、こんなものではなかったはずだった。

コレは誰?知らない。こんな姿は知らない。
策を巡らせ、距離を測り、自分の領域には踏み込ませない。それが朔の戦い方じゃなかったのか?
最初は笑みを浮かべる余裕すらあった男から、次第に表情が消えていく。三手四手、鉄がぶつかり火花が上がる。力では確かに朔は押し切れていない。しかし速さがそれを補って余りある。

ガキィン!!

一際大きな音が響き、苦内が宙を舞う。

「が、ハッ!」

地に這いつくばる男を、やはり静かに見下ろしていたのは、六年最弱――蓮咲寺朔だった。
その光景に、僕や仙蔵、長次も小平太も、ただ立ち尽くしていた。
何が起きているんだろう。あの、朔が。

「先輩!」

朔に駆け寄った藍色が、鉢屋と気付かないまま、僕らは目の前の光景をただ見つめていた。

「天女は奪還しました」
「……そう」

男から視線を逸らすことなく、けれど顔を顰めて鉢屋の言葉に朔が頷く。

「だってさ」

聞いた?
それが僕らに向けられたものなのか、立場一点急所を押さえられ身動き取れなくなった男に向けられたものなのかはっきりとはしなかった。けれど朔は、つまらなそうに鼻を鳴らした。
返らない答えに興味はないとでも言うように。
朔がちらりと僕らを一瞥した。
言葉無く自分を見つめる僕らから、その視線を外し「三郎」と後輩を呼ぶ。

「それの後始末、任せていいかな」
「はい。……しばって放り出しますか?」
「どっちでも。私は先生方に報告してくる。…仙蔵」
「な、何だ」
「天女様のことはお前に任せるよ。留と文次郎のことは伊作、お願い」
「わ、わかった……」

決して僕らの目を見ることなく、淡々とそう告げて、朔は踵を返した。
背中を向けて、去っていく。朔が、僕たちの前から。

「朔!」

それまで無言だった小平太が、駆け寄ってその腕を引いた。

「何?」

小平太を見上げ、朔は首を傾げた。こてり、と。その仕草はいつもの朔のようであったけれど。

「今のは何だ?」
「今の?」
「今の戦いだ!お前、あんなに強かったのか!?私は知らないぞ!?」

駄々をこねる子供のように、地団駄踏みそうな勢いで小平太が言い募る。

「何故隠していたんだ。いつの間にそんなに強くなったんだ」
「……私はいつも通り戦っただけ。私が強くなったと思うなら、君たちは弱くなったと思うの?」
「どういう意味だ」
「そのままだよ小平太」

朔が手を伸ばす。小平太の頬についた泥を拭い、小さく笑った。

「じゃあまたね」

すっと離れた手。もう振り返ることなく、朔はその場を後にした。
一夜の喧騒は、こうしてあっけなく終幕を迎えた。唯歌さんは傷ひとつ無く僕らの元へ帰ってきた。青ざめた顔をしていたけれど、あんな怖い目に合ったのだから当然だと、仙蔵が気遣っていた。だけど僕は、取り残された小平太の背中と、残した朔の小さな笑み――あのどこか泣き出しそうな笑顔の意味ばかり考えていたんだ。


そして転章
(20120630)


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