「食うか喋るかどっちかにして貰えませんか」

ばりんぼりん煩いし。
言われてみれば確かに行儀がいいとは言いがたい。それは認めよう。だがしかし私は主張したい。

「ああ、それは失礼。でもね、八左ヱ門」
「な、何ですか先輩」
「煎餅は音を立てて食べるもんだよ!」
「そりゃそうでしょうけど!そんな男らしい顔で言われても!」
「……それ褒め言葉かな」
「ほ、褒め言葉ですって!」

褒め言葉という割に何故か目が泳いでいることには追求しないでいてあげるよ。

「それにしても、八左ヱ門」
「何ですか?」

話が逸れた事に若干安堵しているわかりやすい後輩は、やはり素直に首を傾げる。

「委員会活動の報告以外で口を開いたのが煎餅の話ってどうなの」
「いやどうなのと言われても」

そんなに雑談に花を咲かせる空気でもないでしょう、と八左ヱ門は実にまともな事を言う。

「そりゃそうなんだけどさ。こういう時こそ遊び心って大切なんじゃないかな。まあ物静かなお前っていう珍しいものが見れたけどね」
「本人目の前にしてずばり言いますね」
「心の声だよ。聞かないのが礼儀だよ」
「どんな暴君ですか!」
「あっはっはっは。あの体力馬鹿と一緒にしないでよ。私そんな力は有り余ってないからね」
「ですよね、六年最弱だ、しッ!?」
「んー?何か言ったかな竹谷君」

手にした煎餅を手離剣よろしく竹谷の口に投げ入れる。
見事はまり込んだ煎餅のお陰で口を封じられた八左ヱ門が勢い良く首を横に振った。
長いものに巻かれるのは大切だ。それが例え真実であろうと振りであろうと。

「お見事です、先輩!」

大袈裟なほど盛大な拍手に振り返れば、三郎が目をきらきら輝かせている。

「あー、ありがとう。……何その口」

三郎は準備万端とばかりに大口を開けている。何、煎餅を投げろと?八左涙目なんだけど?お前それを自ら受けるの?

「先輩は君の将来が何かほんのり心配だよ」

それでも煎餅を一枚取り、三郎の口にリクエスト通り入れてやる。

「良い子は真似しないでね」
「誰に言ってるんですか?」
「良い子だと信じている君だよ雷蔵」

三郎の隣に並んでやはり期待に満ちた目を向けている勘右衛門にも同じようにしてから、その光景を眺めていた雷蔵に釘を刺す。

「え、僕ですか?」

何だか少し残念そうなのは気のせいだと思いたい。
兵助はと言えば煎餅を咥えたまま何故か固まっていて、大きな目はお馬鹿としか言えない級友たちをじっと見つめている。
え、何もしかして混ざりたいの?あれに。

「今更だけど敢えて言いたい」
「なんれふは、せんぱい」

もごもごと煎餅を咀嚼する三郎は変姿名人と賞賛される天才の面影なんて欠片もなかった。
むしろ何か小動物っぽい。頬袋のある感じの。

「私はお前たちがよくわからない」

成績はいいのに。六年に次ぐ高学年なのに。所々が昔とまるで変わらないってどうなんだ。

「やってることが一年の頃とあまりに変わらないよね、お前たち」
「そりゃそうですよ」

ようやっと煎餅を飲み下し、湯飲みに手を伸ばしながら、三郎はごく当然の事実を話すように言った。

「どれだけ時間が経っても、ひとの本質なんてそうそう変わりはしませんよ」
「……」
「だから私たちは多分この先もこんなもんですよ。先輩もそうでしょう?」
「……私?」

人の本質は変わらない。遠いあの日、変われないと嘆いた自分がふと脳裏を掠める。

「さあ、そうなのかな」

あの頃のわたしと今の私。その本質はどうだっただろう。

「朔先輩、そこは嘘でも肯定しておきましょうよ」

するりと腰に絡んだ腕。ぎゅうと抱きついてきた勘右衛門が、私の顔を覗き込むようにして見上げてくる。

「嘘でもいいの?」

はは、とこぼれた笑いに、至極真面目ぶって勘右衛門が頷いた。

「珍しく三郎がまともなことを言ってるんですから肯定してあげましょうよ」
「え、そこ?そこなのか勘ちゃん!」
「そこだよねえ、やっぱり」
「雷蔵まで!ひどくない?ねえ先輩ひどくないですか!?」
「どうでもいいけど三郎重い」

背中にしがみ付くようにしてやはり抱きついてきた三郎が「そんな、慰めてくれてもいいじゃないですか」と更に体重を掛けてくる。

「ええー?いやだってさ、いつものことだしねえ」
「先輩まで!?」
「あーはいはい。ほらこっちおいで頭撫でてあげよう鉢屋君」
「わー。すごい棒読みですね」
「でも素直に来るんだね」
「そりゃ当然ですよ」
「へ?」

勘右衛門とは逆方向へ回り込み凭れ掛かってくる三郎が、笑った。
不適な笑みでも、企みを隠した笑みでもない。幼い頃の面影が見え隠れする、あどけない笑顔。

「昔も今もこれからもずっと、私は先輩が好きですから」
「……そりゃどうも。実に光栄だね」

ぐしゃりとかき混ぜるようにして撫でてやった頭は、いつの間にか私より高い位置にあって、だけどそれでも。

「私たち、だろ!」

先輩、俺も!俺も先輩のこと好きですから!と三郎を押しのけるようにして八左ヱ門が飛び込んでくる。

「ちょ、八っちゃん重い!」
「ていうか一番重いの私だからね。私を潰したいのか」

さすがに二人分の体重を支えきれずに傾く私に、雷蔵が慌てて二人を引っぺがす。

「朔先輩大丈夫ですか!?今すぐ二人とも退けますから!」
「良い子の雷蔵ありがとう」
「え何、俺たち悪いんですか!?」
「悪いだろう。先輩押しつぶしたら」
「そう言いながら何ちゃっかり先輩の横手に入れてんのさ兵助」
「だって勘ちゃん。これが戦略重視ない組だろう」
「そりゃそうだね」
「「「いや何ソレ!?」」」

五年生にもなって、とかそんな風に窘めた方が、下級生たちの教育上はいいのかもしれないなあなんて思いながらも、ぎゃあぎゃあと喚く五人を止めるでもなく眺める。
今ここにいるのは私たちだけだし、まあいいかと。

級友たちもこの後輩たちも、竹が伸びるようにあっという間に身体は大きくなった。
人の本質は変わらない。
もし本当にそうだとしても、日常は日々少しずつ変わっていく。変わってしまう。望まなくとも、たった一つ投げ入れられた小石のような存在にすらあっさりと変えられてしまう。

だけどそれでも、私を好きだと言ってくれる後輩たちがいて、学園を彼らを守るという役目があって。少なくとも目の前にいる後輩たちは、たった数年前とは言え井桁模様の制服を着ていた頃と変わらない姿を垣間見せてくれる。

「先輩?どうしました?」

ふと気付くと、ぎゃあぎゃあ騒いでいた五人が不思議そうに私を見ていた。

「いや、何でも?」

ただ、いつも通りだなあと思って、さ。

「いつも通りですよ、私たちは」
「……みたいだねえ」

口の中に残る甘辛い味を流すように手を付けた湯飲みの中のお茶は、ほんの少し温くなっていた。


道なき道に踏み込みましょうか

(20110607)

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