近くて遠いところにて。

「……ということで、だ」
「はい?」

何ですか先輩唐突に、と勘右衛門が丸い目を更に丸くして首を傾げた。
え、何聞いてなかったの、今までの話。

「聞いてはいましたよ。各委員長方がまるで使い物にならないって話ですよね?」
「そこはかとなく毒を感じるんだけど気のせいかな、気のせいだよね。使い物にならないっていうか仕事する気がないだけだからね奴らは」
「先輩現実を受け止めてください、どう聞いても毒が滲んでるじゃないですか。あと使い物ならないよりやる気が無いって事の方が性質が悪いこともありますからね」

わー、すっげーいい笑顔。
にこりと笑いながら首を傾げる勘右衛門はそりゃあ可愛かった。何だか胃が痛くなるような感じで可愛かった。心なしきりきり痛む胃を押さえ、若干遠い目になった私の制服を現実に呼び戻すように三郎が引く。

「先輩先輩」
「何かな三郎」

右手で私の制服を引っ張り、左手には本日のおやつである薄皮饅頭を持っている。

「これ、いくつか雷蔵に持って帰ってもいいですか」
「……うん。そりゃいいけど」

仲良き事は美しき哉。双忍と呼ばれる彼らの仲の良さは周知の事実であり、本当の双子のような姿は見ていて微笑ましい。
が。それ敢えて今言わないと駄目?

「あ、じゃあ俺も兵助に!」
「持ってお行きー。……そして八左をちゃんと仲間に入れてあげて」
「大丈夫ですよ先輩。これでもちゃんと覚えてますって、三郎が」
「三郎がか!」
「なあ、三郎?」
「……ああ!勿論!」
「え、何。今の間何!?」

思わず突っ込んでしまったじゃないか。
それぞれい組とろ組用にまんじゅうを取り分ける姿を眺めつつ、やれやれと息を吐く。

「あー…。それが済んだら話を戻すけどいいか?」

場所は例によって例の如く、我が城学級委員長委員会室である。余談だが、各委員会にはそれぞれホームグランドとなるべく部屋が一つずつ与えられている。滅多に室内に留まらない体育や用具、生物委員会の部屋は空き部屋か物置同然だけれど、やはりそう言った部屋がある方が打ち合わせなどなにかとしやすいだろうという学園長先生の配慮である。
私たち学級委員は、殆どの活動をこの部屋で行っており、普段であれば私たちの他に一年生二人もいてそれなりに賑やかでそれなりに和気藹々と仕事をこなしているのだが、現在この場で膝を付き合わせているのは毎度お馴染委員長である私と五年生二人、総勢三名のみだった。
ひとまず現状を押さえた上で最も迅速な対応が必要であると判断した事項に対して、相談する為に集まったのである。
すなわち、各委員会委員長不在をどう補い活動を行うかだ。

「先に先輩方の目を覚まさなくてもいいんですか?」

口を開いたのは勘右衛門だ。委員長の目を覚まさせれば、わざわざ補う必要もない、元通りではないかとい組らしい正論を口にする。

「その方が手っ取り早い気もするんですが」

そう言いつつ、何だか面倒臭そうである。そして実際、彼の言った正論は手っ取り早くも面倒臭いのだ。

「それも考えたんだけどさあ、そんな単純に覚めるようなもんだったら今頃ここまでずるずる来てないと思わないか?」
「まあそりゃそうかもしれませんけど」

二つ目の饅頭をもさもさ齧りながら、勘右衛門が頷く。

「千年の恋も冷める、なんて言葉はありますが、あれではそうそう冷めそうにないですしね」

だって全肯定でしょ、冷める要素がないって何なんですか、と三郎は呆れ顔でお茶を啜った。

「実は彼女が男ですとか言い出してもそれはそれでよし!ってなりそうじゃないですか?」
「例えが微妙すぎるよ三郎。そして勘右衛門はひっそり苦笑しない。何か私が色々えぐられるから」
「苦笑はしていませんよ先輩。失笑ならしてますけど」
「余計に性質が悪いからね。ちょっとは歯に衣着せて建前を使いこなそうね」
「先輩の前では素直でありたいんですよ」

機嫌の良い猫のように、勘右衛門がじゃれ付いてくる。

「素直ばっかりが正しいわけじゃないぞ、勘ちゃん」
「それもそうだけどさー」
「はいはいはい、君たちは私を挟んで遣り合わない。何、私を押しつぶしたいのか」

でかい図体で左右からぎゅうぎゅうやられれば慣れているとはいえそれなりに苦しい。進んでいるようで実の所ちっとも進まない会話も、さすがにそろそろ進展させたい。でないと日が暮れる。
二人は割合素直に私から離れ、先ほどと同じように円を描くように向き合って座った。
ふざけた空気は薄れ、いたってまともな空気が広いとは言いがたい室内に広がり始める。切り替え早いな君たち。

「朔先輩は、何か考えがあるんでしょう?」

窺うように私の顔を覗き込みながら、三郎がそんなことを言う。

「あれ、わかった?」
「ええ、何となく。その上で私たちを呼んだのだろうとは」
「まあその通りなんだけどさ」
「で、どういう対策を?」
「うん。火薬と生物は元々委員長不在で兵助と八左が仕切っているから現状問題はない。図書も雷蔵が委員長代理を務めてくれている。これで残るは保健、会計、作法、用具、体育の五つ。そこで、だ。……勘右衛門」
「はい」
「お前はしばらく用具へ出向してくれないか」
「用具へ、ですか?」

ぱちぱちと目を瞬かせ、勘右衛門は小首を傾げる。

「ああ。用具は学園内の物品管理の要だからね。ついでに悪いんだけど時々体育の様子も見てやってくれないか。それと三郎」
「はい」
「お前は会計へ行ってくれ。大変だろうとは思うけど、あそこは下級生だけではどうにもならないことが多すぎるだろう?」

簡単な帳簿付けならまだしも、各種予算が絡んでくるとなれば話は別だ。予算の承認が降りなければ、新しい物品や薬など備品の補充にも滞りが出る。忍を育てる学び舎という特性上、いざという時にやれ手離剣が錆びている、どこにあるのかわからない、薬も包帯も足りません、ではお話にならない。

「それは構いませんけど、先輩はどうされるんですか?」
「私はとりあえず、しばらくウチと保健を回しつつ作法の様子を見て会計を手伝うよ」

それで何とか回せるだろうと指折り数えながら言えば、後輩ふたりが心底微妙そうな顔をしていることに気付いた。

「え、何。私は何かおかしなことを言った?」

ちゃんと漏れのないように順に仕事を振ったし確認もした。人を派遣して自分のところの委員会が機能停止するという本末転倒な事態にもならないように調整もした、つもりなんだけど。
あたふたともう一度数え直す私に、三郎は何故か溜息をつく。

「いやだから何」

口で言いなさいよ君たち。

「先輩の分担内容ですが」
「うん」
「どう聞いても『とりあえず』で片付けられるように思えないのですが?」
「へ?」
「仕事量が増えすぎです」

負担が大きすぎると、そう言ってくれているのだと気付き、そんな場合でもないのだけれど思わず頬が緩んだ。

「ふっふっふっふー」
「先輩…笑い声が何か気持ち悪いです」
「……勘右衛門。素直なのはいいけどさすがにちょっと空気読もうよ。ここで突っ込まれると多少は傷つくよ」
「ああ、勘違いなさらないでください。気持ち悪い先輩も俺は好きですよ」
「さらっと笑顔で言い切ったけど、何か素直に喜べないなー」
「先輩先輩。話がずれてますよ……」
「ああ、そうだそうだ。でもまあ心配してくれるのは嬉しいんだけどね、大丈夫だと思うよ。作法は現在急を要する事案を抱えてはいないみたいだし、保健なんかは委員長代理となるとさすがに専門性が必要になるから充てられる人間が限られてくる。ほら、君たちも知ってるだろ?私は薬草や毒草の扱いに慣れているって。多分伊作の代理も何とか務められると思うんだ」

忍術学園へ入学するまでの三年余りを私を育ててくれた養母は、薬草毒草の知識を幅広く持ち、薬の調合に長けたひとだった。彼女が自身の持てる全てを惜しみなく与えてくれたお陰で、私は保健委員でこそないけれど彼らに匹敵するだけの知識を持つと自負している。
下級生だけでは作れず、かといって不足すれば支障が出る薬は少なくとも数種類。新野先生だけでは手も足りないだろう。
自分で言うのも何だが、保健委員長代理に一番適しているのはおそらく私だ。

「適材適所ってやつだよ」

後輩たちはとっさに確実な反論を思いつかなかったらしい。苦虫を噛み潰したような顔をしてはいたものの、それ以上何も言わなかった。
言えなかったというのがきっと正しいのだろうけど、私はこれ幸いと話を打ち切った。

「じゃあそういうことで。出向は明日から。委員会の様子なんかは随時報告よろしく。ついでに他の三人にも伝えておいてくれるとありがたいな」

「わかった?」と訊ねれば、二人は珍しく真面目な顔で頷いた。

「よし。以上、解散!」

ぱん、と軽く手を打ち鳴らし、本日の活動の終了を告げる。そのまま立ち上がり委員会室を後にしようとする私に、三郎の声が掛かった。

「先輩、どちらへ?」
「ん?……ああ。ちょっと食堂まで、ね」

三郎の表情が一瞬固まり、勘右衛門の肩がピクリと跳ねた。
正直なのは可愛いけれど、忍者としてあまり感情を表に出すのはどうかと思うよ。
ずるいというのは先刻承知。私はそれを見なかった振りをして、何か言われる前に彼ら二人に背を向けた。


平穏がひび割れる音がした

(20110421)

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