「にしても、結構な量だねえ」

自分の腕に抱えた分だけでそれなりの重さがあるのだが、雷蔵の腕にはその倍近くの本が積み上げられている。雷蔵が見かけによらず意外と力持ちであることは知っているけれど、これはさすがに重たかろう。

「今月の新刊なんですよ」
「新刊?これ全部?」
「ええ。昨日、届いたばかりなんです」

なるほど、だから雷蔵が図書室へ運んでいるのか。納得し、頷きかけた私だったが、ふと過ぎった違和感に首を傾げた。

「あれ、でも雷蔵」

「はい?」と雷蔵も合わせるように首を捻る。

「何でお前が一人で運んでいるんだい?」

図書委員は彼一人ではない。不思議に思った故の何気ない問いのつもりだったのだが、その一言で普段は温厚で朗らかな彼の表情が曇った。

「……雷蔵?」
「二年生と一年生には貸し出し当番を任せているんです」
「貸し出し当番?」
「僕は……。僕は本の管理とか、新刊の配架とか、そんな仕事を中心にしているので」
「え……。でも図書委員には……」

曖昧な微笑。緩く振られる首。
次に覚えたのは違和感ではなく、嫌な予感だった。
図書委員会には、委員長がいるじゃないか。
そう言う前に、彼の仕草が現状を雄弁に語っている。

中在家長次。

六年間同じろ組として机を並べてきた友人の顔が脳裏を過ぎった。
寡黙で生真面目な図書室を愛する彼が、委員会に参加していない?少々体調が悪くともそんなことは一切おくびにも出さず図書室に通っていた彼が、委員会に参加していない?そんな馬鹿な。
だって、教室で顔を合わせた長次はいつもと変わらなかったじゃないか。いつもと同じように授業を受けて、私や小平太と言葉を交わして、そうして授業が終わったら小平太と――。

「……食堂」
「先輩?」
「食堂に、行くって言ってたな」

そうだ。食堂へ行くと言っていた。『ユイカさん』が待っているのだとか何とか言いながら。『ユイカさん』とは誰だ。記憶の中を探り、それらしい名を引き出しの奥から引っ張り出した。ああ、そうだ、その名は。

「天女様」
「ですかね、やっぱり」

雷蔵は、諦めの混じった溜息を零す。つまり、周知の事実だということだ。
まさか長次が『委員会に来ない委員長』だなんて。予想を軽く飛び越えた事態に軽い頭痛を覚える。色は忍者の三禁だが、忍たまといえど青少年。天女様に鼻の下を伸ばすのも有る程度はまあ仕方ないかもしれないと思っていた。でもそれは、それまでの生活や役目を疎かにする程のものであるなどと思っていなかったし、つい今しがた目にした嘆願書の『委員会に来ない委員長』などせいぜいその名指しされた委員長くらいだと私は思っていたのだ。
黙り込んでしまった私に何を思ったのか、雷蔵は慌てたように言葉を継いだ。


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