ギブミー!フォーミー!

ぱちん、と響いた破裂音をそれなりにいいらしい耳が正確に拾う。
もっとも、音の発生元は自分の左頬なのだからよっぽどのことがなければどんな耳でも拾えるような音なのだけれど。
加害者は今にも泣き出しそうな顔で唇を噛み、被害者たる自分はぼんやりとそれを眺めている。
それは実に奇妙な日常の光景。

「鉢屋くんのこと…全然わからないよ」

涙に混じった小さな呟きに後悔ではなく嘆息がこぼれる。

「そっか」

その一言で、すべてが終わる。
黙り込む三郎を睨みつけ、少女は再び手を振り上げる。避けようとは思わずに痛みを予測するが、彼女は振り上げた手を力なく落とし、そのまま踵を返して走り去った。
その背がどれだけ遠ざかろうとも、まったく揺れない心は問題なのだろうか。

「あーあ」

まさに自分が思った通りのため息を、自分以外の誰かが吐き出す。

「相変わらずうっすい執着心だね」
「放っとけ」
「何。また振られたの?三郎」
「……なまえ。盗み聞きは悪趣味なんじゃなかったのか?」

視線を投げれば屋根の上に影が一つ。
なまえは屋根の縁に腰掛けて足だけを宙に投げ出し、ぷらぷらと揺らしていた。

「人聞き悪いこと言わないでよ。お前じゃあるまいしそれは無い」

どこが、と言いたくなるほど意地の悪い笑みを浮かべている女の台詞ではない。

「お前こそ随分な性悪だろ」

軽く助走をつけて跳躍すれば、あっさりと屋根の上には上ることができた。
傍らに立った三郎を見上げ、なまえは眩しげに目を細める。太陽を背に立っていたため、逆光が眩しかったようだった。
しばらく目を細めたり瞬かせたりして、少し慣れたらしいなまえは、唐突ににこりと笑った。

「……何」

不気味なんだけど。

「鉢屋君に不気味とか言われたくはありませんー」
「はぁ」
「何その力の抜けた声は。もっとしっかりしなさいよ」
「……私はお前がわからない」
「安心して。私はアンタがわからない」

真顔でその切り返しはどうなんだと思う。思うだけで、口に出すなんていう愚行を起こすことはないけれど。言ったが最後最低三倍で返されることなんて目に見えて明らかだ。そう考えながら飛び出した台詞はある意味飲み込んだそれよりもヒドイ代物だった辺り我ながら何とも間が抜けている気がする。

「お前ってさー、性格悪いっていわれねェ?」
「そっくりそのまま返して良い?アンタさ、不気味とか性悪とかそれ普通オンナノコ相手に言う台詞じゃないからね。もうちょっと中身も雷蔵を真似てみた方が良いのではないかい」
「私に雷蔵の優しさを求める方が間違いだと思わないか?」
「あー…うん。わかってる。それは認める」
「……そうあっさり引き下がられるのも傷付くんですケド」
「傷付くような性格してないでしょーよ。毛の生えた心臓の持ち主のくせに」
「お前は本当に私を何だと思ってるんだよ」
「え?鉢屋三郎」
「………………」

それはそうなんだけれど、極論過ぎはしないのだろうか。釈然としない三郎に、なまえは平然と笑う。

「だから三郎に雷蔵の優しさなんて求めるだけ無駄なのよね。三郎は雷蔵じゃないんだしさー。三郎には三郎の優しさを求めないとさー」
三郎は三郎で雷蔵は雷蔵なんだから。
「ねー?」
「あ、ああ。うんそうかもネ」
「何?その微妙な反応」
「いやー…ちょっと私今グッときたかも」
「え?」
「こっちの話だから気にするな」


Give me For me!!
(そういって、笑ってしまえるだけの強さを、どうかどうか。)

「てゆーか、大体三郎が雷蔵みたく優しかったら気持ち悪いよネ!!」
「……待て。何だよ気持ち悪いって!!今の微かな私のトキメキを返して!?」
「いや意味わからないし、何さ微かなトキメキって!?」



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