空が、青かった。

「……どうして君が泣くんだい」

困ったような呆れたような、そんな声が落ちてくる。
答えを探して薄く開いた唇からは嗚咽が漏れた。
どうして、と言われても言葉を返すことすら侭ならないこの状況では何も応えられない。
考えれば考えるほど、思考はぐちゃぐちゃと縺れて絡まって曖昧になっていく。
溢れるものを止められるわけでもなくて、自分でもどうすればいいのかわからなくて。ただ声を堪えようと唇を噛んで俯くことで精一杯で。
そんな姿が情けなくて、思考と同じくらいにはきっとぐちゃぐちゃな顔なんて見られたくなくて俯いているなんて、少し考えればわかりそうなものだ。けれど相手はそんなことはお構いなしだった。
次に落とされたのはため息。それに肩を揺らす程度に気を取られた隙に、伸ばされた手が頬に触れたかと思うと、遠慮もなく顔を上げられる。

「なまえ」

咎める響きなどない。けれどとっさにその顔を見てしまって、何かが切れた。

「う…あ…」

ひくり、と喉が鳴った。
ダメだ。ダメだダメだ駄目だ。嫌だ。
見られたくないと思っても、顔を捉えた手から逃げられない。
意味がないとわかっていたけれど、私は最後の抵抗できつく目を閉じた。
とめどなく頬を濡らすものがある。温かなそれは、いつも私に決して幸せを連れてきてはくれない。

「なまえ」

名を呼ぶ声は、どこまでも穏やかで、こんなにも優しいのに。
やわらかなものが目蓋に触れ、頬に触れて、涙が拭われる。
頬を挟むように添えられた手には、すでに拘束しようとする意思はない。目を瞑ったまま、私は触れる手に自分のそれを重ねて握り締めた。
大きな手は冷たかった。

「なまえ。どうすれば君は泣き止んでくれる?」

ゆっくりと瞼を開ければ、苦笑する瞳と出会う。
その彼から匂うのは、硝煙の香り。

「私は君に、何をすればいい?」

たゆたう香りに耐え切れずに、狂ったように名を呼んだ。

「……いさん。しょうせいさん。照星さん。照星、さんッ!!」

ゆっくりと近付いたその人は、宥めるように額に唇を寄せた。頬に触れた手が離れ、代わりに腕は抱き寄せようと伸ばされる。

――どうして。どうしてこの人は、こんな時ばかり優しいのだろう。

自分の腕を突っ張って、身体を押しのけて逃げようとする。けれど逆に忍装束を掴んだ手首を取られてどうしようもなくなった。せめて拒むように頭を振った。お願いだから、諦めて。抱きしめないで。貴方に慰められる資格などない。この涙は、貴方のためじゃない。
そう叫ぶことができない自分は、なんて浅ましい。
その腕を拒めるはずなどない。拒むには、私は知りすぎてしまった。
温かな腕の中の、暗い香り。背中を撫でる感触が優しすぎて、涙は結局止まらなかった。
一番愚かなのは、貴方の無事に心が震えた自分だ。喜びながらも怯える自分なのだ。


そらがあおかった。
いのちのついえる音がした。


(あなたをゆるせない)(あなたをにくめない)
(あなたをわたしは、あいしているから)

(20110712)

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