てこてこと歩く。
立ち止まれば、同様に。

「…朔?」
「はい!」

良い子のお返事を返されて、そんなに輝く目で見られると、何故か尋ね辛いのだが仕方ない。
ぐっと腹に力を入れて、山本陣内は幼子に問い掛けた。

「今日は一体どうしたんだ?」

陣内の問いに、彼の後を親ガモを追いかける子ガモの如くついて回っていた子どもはこてりと首を傾げた。
尋ねられている内容がわからない、もしくはどうして尋ねられたのかわからない。仕草からそんな情報を得て、陣内はひっそりとため息を吐いた。

戦の多いタソガレドキではあるが、平穏な時がないわけではない。精鋭揃いのタソガレドキ忍軍といえど、四六時中陰に日向に飛び回っているわけでもない。
今日はまさにそんな日で、陣内は城に上がり雑務を片づけていた。

神出鬼没、とまではいかずとも気まぐれな性状を時折覗かせる彼の上役、忍組組頭雑渡昆奈門がふらりと姿を現したのは昼も少し過ぎた頃であった。
殿の御前に顔を出していたのかと問えば、そうだと返されて、陣内は失礼ながら珍しく真面目に仕事をしていたらしいなどと思ったものだ。

そして陣内は、その彼の後ろに、馴染みのある小さな姿を見つけた。

「朔?」

胡乱気な声を出してしまったのは本意ではない。
朔は雑渡の養い子である。
父親の陰に隠れるように引っ付いていた子どもは、慣れない場所に緊張してかやや強張った表情をしていたが、陣内の漏らした呟きを拾ってパッと顔を明るくさせた。

「陣内さん、こんにちは!」
「あ、ああ…。はい、こんにちは」

見知った人間を見つけてホッとしたのか、雑渡の上衣を握りしめていた手を解き、陣内の傍へとやって来る。
朔は嬉しそうににこにこ笑っているが、父親の方が自分に恨めし気な大人げない視線を送っていたことにできるなら気付きたくはなかった。

「ええと…朔…?」
「なんですか?」

ぐさぐさ突き刺さる視線は知らぬ振りを決め込むに限る。
陣内は的確に場を読んだ。

「どうして城に?」
「父様が一緒に行こうって」
「組頭が?」

朔には悟られない様にこっそりと眉を潜め、陣内は顔を上げた。腕を組んで子どもと陣内とを眺めていた雑渡は、もの言いたげな陣内から、わざとらしく顔を背けた。

「どういうことですか」

ため息混じりに陣内は尋ねた。
本当に言いたくなかったり、隠さなければならない理由があるのならば、雑渡はこうもあからさまな態度に出すことはない。
わかりやすすぎる反応は、裏を返せばまたしょうもない理由の表れだ。
雑渡はあらぬ方向を向いたまま、困っていますと言わんばかりに肩を竦めてみせた。

「いやー、殿がさー。一度朔を見てみたいって言うからねえ」
「殿が?」

陣内の眉が寄る。

「ほら、朔は可愛いだろう?」
「はあ」
「だから、一度見てみたいって仰られてねえ」
「……はあ?」

「いやー参った参った」と欠片も参っていなさそうな大根役者っぷりで、雑渡は事の顛末をざっくり説明した。

「……では何ですか。組頭が殿の御前で我が子自慢をなさったところ、殿が朔に大変興味を示された、と?」
「まあそんな感じ」
「そんな感じって……」

陣内はがくりと肩を落とした。平穏だと喜ぶべきか、気の緩みだと窘めるべきか、判断に迷う。
いくら平時と言えど、子どもをそんな理由で城に呼び寄せる殿様も殿様だが、主に堂々と親馬鹿を披露した挙句に子連れで城に上がる雑渡も雑渡である。

「お二方とも、どういう神経をなさっているのか……」

きりきりと胃が痛む気がする。ああそうだ、これは気のせいだ。断じて神経性胃炎などではない。
自分に言い聞かせながら、無意識に腹を押さえた陣内を誰が咎めることができようか。

「陣内さん?おなか痛いんですか?」

心配そうな声に顔を上げると、今一つ二人の会話についていけなかったらしい朔が、オロオロと陣内と雑渡とを見比べている。

「父様、陣内さんが……」

父親の手を引っ張り、早く何とかした方がいいのではないかと急かす姿はいじらしい。

「陣内のあれはね、放っておいても大丈夫だよ」
「……」

対する父親は禄でもなかったが。
ぽん、と子どもの肩に両手を置いて、雑渡はしれっと言い切った。

「お前はいい子だねえ」

本当に。陣内はこの点ばかりはもろ手を挙げて賛同してかまわないと思った。

「でも」
「陣内」

不安の色を残した瞳が陣内を見る。それが気に入らないのか何なのか、雑渡は『上役』の声で陣内を呼んだ。

「……は。大丈夫です」

陣内もまた居住まいを正し、それに応える。胃はまだきりきりと音を立てているようだったがさすがにそれは億尾にも出さず、朔に笑みを向けた。

「大丈夫だよ。ありがとう」

そう言われてやっと安心したのか、ホッとしたように子どもは笑った。
その笑顔を見ていると、雑渡が実子でもないこの子どもを、実子以上に可愛がっている理由がわかる気がする。

朔は、飛びぬけて容姿の整った子どもではない。陣内が初めて出会った時は男童の格好をしていたし、それに対して一切違和感もなかった。男の子にしては可愛らしい顔立ちをしているな、と思った程度だ。

遠慮がちで、内気。人見知りが激しく、子どもらしさに欠ける。両親どちらにも似ていないのは当然だが、どうせ養子とするのなら、もう少し見目良い子どもを選ぶこともできただろうに。そうでなくともどこの誰とも知れぬ捨て子であるのに。
それは口さがのない者たちの陰口だが、陰口ながら実際のところ結構な的を得ていた。雑渡もいちいち相手にしないこともあってか、それは日に日にまことしやかに囁かれ、城主の耳にも届いたのかもしれない。

けれど一度心を許した相手には、不思議と人好きのする笑顔を向けてくれる。仔犬が懐いた、という感覚に似ているのかもしれない。しかし人間、自分に素直に好意を向けてくれる者を憎からず思うものだ。
この荒れた時代にあって、朔が向けるまっすぐな好意が、思いの外大きな力を持つことを陣内は知っている。

一体何を考え何を見ているのかわからないことも多いが、朔を前にすると雑渡もただの人の子、人の親となってしまう。
恐らくこの上役は、愛娘のその力を城主に見せたかったのだろう。

「……それはいいんだ。百歩譲って子連れ登城の理由はそれでいいはずだ」

ぶつぶつと一人、事の発端を思い返しながら、陣内は不思議そうな顔で自分を見つめている子どもをちらと見遣った。

「あの、陣内さん」
「……え?うん、何かな?」

しゃがみ込んで視線を合わせて尋ねると、朔は少し困ったような、申し訳ないような顔で眉を下げた。

「あの、私、お仕事のじゃまですか?」
「いや、そうではないんだ。そうではないんだけどね」

陣内は慌てて頭を振った。様子を窺っていた部下たちがぎょっとする勢いで否定した。

「そうではないんだが…ただ、どうして今日は私の後ろをついて歩いているのかな、と思ったんだ。迷惑ではないんだがね」

迷惑ではない、と強調したことが功を奏してか、子どもはしょんぼりと落としていた視線を上げた。

「めいわくじゃないですか?」
「ああ。だけど、どうしてかな、と思ったんだ」
「あのね、父様に言ったんです」

やや興奮気味に頬を赤く染め、一生懸命話す姿はいじらしい。そう思うのは既に身内と意識している者の贔屓目だろうか。

「私も父様みたいな忍になりたいって。そしたらお城に連れて来てくれたんです。それでね、父様は別のお仕事があるからだめだけど、陣内さんのお仕事をみてたら勉強になるって!」

だから後ろをついてみるといい。

……っておい、それ完全に遊んでいるだろう。誰でとは言わないが。

「……組頭」

陣内は子どもに聞こえない様にこっそりと、しかし地の底から這いあがるような声で上役を呼んだ。柱の陰からちらちら見えている。隠れるならもう少しマシなやり方でやれ。

「陣内さん?」
「……あー、朔?勉強もいいけど、私の後ろをついて歩くだけでは退屈だろう?せっかく城に来たのだし、高坂か尊奈門に相手をしてもらうかい?あっちこっち見るのもいいんじゃないかな?」

子どもは少し、迷う素振りを見せた。けれど否と首を振る。

「陣内さんの、お仕事みてます。…えっと、じゃまじゃなかったら」
「……大丈夫だよ。構わないとも」

あの親でどうしてこうまっすぐに子が育つのか。割と失礼なことを考えながら陣内は朔の頭をよしよしと撫でた。

ふへへ、とくすぐったそうに朔が笑う。少なくともその笑顔は自分だけに向けられたものだ。それならば今回はその報酬に甘んじて、上役のはた迷惑な思い付きに付き合うのも悪くはあるまい。
陣内は少しだけ苦笑しながら、仕事を再開したのだった。


とある日タソガレドキ城にて。
(20131112)


「見てみろ雑渡よ。あの陣内が困っておるぞ」
「でしょうねー。朔が相手ではさすがの陣内もてんで弱いもので。さすがうちの子」
「あの、組頭…?何でそんなに憎々しげな視線を小頭に…?」
「何と、陣内めを陥落させおった。なかなかやりおるの、お主の娘も」
「そりゃあ、うちの子ですからー」
「いや、まんざらでもないって顔しながら、そんなに柱に怨念をぶつけないでください組頭!器用すぎます!!」
「しかし…娘か…娘もよいのう。のう雑渡」
「あげませんから」
「…何も申しておらぬだろう」
「あげませんからね、絶対に。朔はうちの子なんですから!」
「ちょ、組頭!落ち着いてください!それ殿!それうちの殿ですから!!助けて小頭ァァァァァ!!」
「…陣内さん。陣左兄がよんでます」
「見ちゃいけません。あれは見ちゃいけません」


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千晴様リクエストで『幼少天泣夢主とタソガレ忍軍・ほのぼの』でした。本当にお待たせいたしまして申し訳ありません…(平伏)柱の陰からこっそり観察組は完全に私の趣味ですすみません。とても楽しく書かせていただきました。今回は素敵なリクエストありがとうございました!


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