さて、「実は……」というほどの話ではないが、私は地味に衣装持ちである。

着もしない小袖がそれこそ何枚も部屋の奥には眠っている。というのも、ちょいちょい好きに現れる保護者が好きに仕立てては持ち込んでくる為だ。最近はようやっと自重というものを知って貰えたものの、着ないのに宝の持ち腐れというものだ。

「だからいい機会じゃないか」
「罰ゲームとか言い出した人間の台詞じゃないからねそれ。寧ろ敢えて言うなら私の台詞じゃないかい」
「機会を作ってやったのは私だと思うのだが?」
「ああ言えばこう言う」
「その台詞はお前にそのまま返してやる」

仙蔵にそう言われ、思わずぐっと押し黙った。ここに至るまでの一悶着――というか私の最後の抵抗――も六年と五年という二学年の壁の前では脆く儚いものだった。散々するしない着る着ないで騒いでしまったのでややぐったりしている私を余所に、仙蔵は衣装箱から取り出した小袖を次々広げていく。自身の女装姿にも完璧を求める仙蔵は、他人のそれにも同様のものを求めるらしく、着物は己が見立ててやろうと私と二人こうして部屋に引きこもっている。

もう反論する気力も削がれ、仙蔵に言われるままに私は小袖をとっかえひっかえ当てて見せていた。

「ふむ……。それがいいな」
「え、これ?」

仙蔵が指したのは、浅黄色に花柄の小袖だった。

「季節にも合っているだろう?それがいい」
「そう?じゃあこれでいいね」

半ば投げやりに頷いたその瞬間、勢いよく障子が引き開けられた。あれ、デジャヴ?
強烈な既視感に襲われる私を余所に、障子の向こうから現れた男・鉢屋三郎は輝く笑顔で化粧箱を掲げていた。

「決まりましたか!?じゃあ化粧していいですか?」

お前はずっとそこにいたのか、という突っ込みはしない。敢えてしない。する気力がないわけではない、断じて。

化粧くらい自分ですると言ったのだが、満場一致で「お前は手抜きする」と言い掛かりと付けられて結局三郎が任されることになった。失礼だな!と抗議すると、文次郎に可哀そうなものを見る目で「あれで本気なのか?」と言われたので向う脛を蹴っ飛ばしてやろうかと思ったが、三郎があまりにも張り切っているので、文次郎の一言は聞かなかったことにする。

「あれ、まだ着替えていないんですね。化粧は後にしますか?」
「いや、構わんだろう。先に済ませても」
「そうですか?」

三郎は早速化粧道具を取り出し始める。もうどうでもいいけど私の意見は聞かないよね君たちね。
まあ確かに着替えてから化粧をした方が良いには良いのだが、洋服と違い着物は直接顔に触れるものではない。一番良いのは下着姿で化粧することだろうが、さすがにそれは憚られるし、第一そんなに気負ってめかし込まなければならないわけでもない。
いい加減に諦めるしかなく、ため息を一つ吐き私は三郎に向き直った。
白粉を手にした三郎が苦笑交じりに尋ねる。

「そんなに嫌なんですか?女装」
「嫌だね」

私の即答に三郎がくすくす笑う。

「お前は楽しそうだね」
「楽しいですよ、そりゃ」

鼻歌まで歌いだしそうな後輩に、首を傾げたくなる。私に化粧をするだけで、一体何がそんなに楽しいのだろう?

「だって先輩。先輩が滅多にしない女装ですよ。その手伝いを任せていただけるなんて光栄ですね」

目じりに紅を注すから、と言われて私は目を閉じた。うすぼんやりした闇の中、三郎の声は弾んでいる。そう言えばこの後輩は他人を驚かせることが大好きだ。

「手伝いを任せていただける上に、その出来を一番最初に見れるんですから」

完成品をじゃないのがちょっと残念ですけどね、とおどけた調子で続ける声に、ああそうかと思った。
変装名人鉢屋三郎である。私の顔をいかに上手く作り変えるか。きっとそれを楽しんでいるのだろう。

「先輩?どうかしましたか?」

小さく笑んだ私に、三郎が不思議そうな顔をする。

「いや、それなら是非、張り切って仕上げておくれ」
「いいんですか?」
「うん、もういいや」

どうせなら、いっそ絶世の美人に作り変えてもらうのも一興かもしれない。そしてあいつらを驚かせてやればいいのだ。
浮かんだ名案に、げんなりしていた気分も現金なもので次第に浮上していく。

三郎は四半時ばかりかけて私の顔を作ってくれた。
何だか次第に無言になっていったのが気になるが、集中した為だと思うことにして、一人残された部屋の中、私は小袖に袖を通した。いつ振りだろう?まったく女の格好をしなかったわけではないけれど、それにしたって久々で、不安と妙な緊張感に襲われる。それでも化粧をして小袖を纏い、髪に櫛を通していけば次第に楽しくなってくるから不思議だった。

本当は、どこでどう聞いたのか斎藤が髪を結いたがったのだけれど、四年生は授業があるということで滝夜叉丸に引きずられて連れ戻されていた。「今度は絶対絶対、僕にやらせてね!」と念を押すことを忘れずに。今度、なんて一体いつあるのだろうかと思いながら、あればね、と手を振って別れた。


……のだが。斎藤の力を借りるべきだったのではなかろうか。
完成した仕上がりを確かめる鏡はないが、おそらく大丈夫だろうと立ち上がり、ここまで来たら勢いあるのみと覚悟の元皆が待つ部屋へ足を踏み入れた、まではよかったのだが。


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