何がどうしてこうなった。 長次の背に隠れるように張り付き――というかむしろしがみ付き――ガタガタと震える私の身に一体何が起こっているのか。 恐る恐るそっと顔を出してみたが、妙な空気に耐えられるはずもなく、即座に引っ込む。 一体何故、こんなことになったのか。 思い返せば数刻前に遡る。 例によって例のごとく毎度おなじみ我らが学園長先生は唐突にお閃きになった。 曰く、 『忍者には運もまた必要じゃ!』 と。 某委員会をある意味全力で否定しているような無慈悲な言葉であるが、まあ確かに学園長の言い分にも一理はあった。 そして本日正午過ぎ、それは唐突に開催される運びとなった。 その名も学年選抜じゃんけん大会である。 委員会対抗としたところでは圧倒的に不利と思われる委員会が一つあるではないかとの意見が取り入れられ、各学年から三名を籤で選び一組として、学年対抗トーナメント形式による非常に地味な大会が盛大に開催された。そこまではいい。うん、そこまではまだ良かった。 我ら六年生の代表は、厳正なる抽選の結果、い組から立花仙蔵が、は組から食満留三郎、善法寺伊作の両名が選出された。……この時点で既に若干運に見放されているのではないかとの意見があったが私たちは敢えて気付かない振りをした。その方が幸せなのだ。そういうこともあるのだ。 ただ、私に限って言えば、少し見通しが甘かったことは否めない。 私は六年ろ組学級委員長で、更に言えば学級委員長委員会委員長でもあった。学級委員長委員会と言えば各種催事の際には審判を務めることがほぼ慣例となっている。今回も例に漏れず私たち学級委員はじゃんけん大会の審判だった。この時点で私にとって、このじゃんけん大会は第三者的立ち位置で関わるもの、との認識が多少なりとも生じていた。その報いだと言われれば反論の余地はない……気がしなくもない……のだろうか。 ある意味予想通りだが、我ら六年選抜チームは見事初戦から負けを喫した。そしてその後も負け続けた。……優勝すれば賞品の一つでも出ればましだけれども、残念ながらこの大会にそんなものはない。この大会は勝ち残り戦ではなく、負け残り戦――もっとも運の悪いチームが選ばれるのである。当初は何とか仙蔵が頼りになっていたものの、不運大王の異名は伊達ではない伊作に引きずられてか、唯一の砦まで負け続け始めた段階で我ら六年は天を仰がざるを得なかった。 「大体仙蔵がもっとしっかりしねえからこうなったんだろ!!」 優勝賞品、もとい、敗者の罰ゲームである校内便所掃除を終え、精神面でぐったりしていた私たちだったのだが、まだ余力があったのか文次郎が仙蔵に噛み付く。 「私が勝とうが、後の二人が負ければ意味などなかろう」 便所掃除などという風貌に似合わぬ仕事を終えたばかりの為か、風呂上がりだというのに仙蔵の髪にはいつもの輝きがない。四年の斎藤辺りが見たら騒ぎそうである。 確かに三人中二人が勝たねばならないのだからその通りなのだが、これ以上伊作の傷口に塩を塗るのは止めてあげて。そろそろキノコが生えそうだ。 「あはははは、ごめんね。僕が代表に選ばれたばっかりに……」 「伊作のせいというわけじゃないだろ?大丈夫だ、元気出せ。……俺も負けたしな」 「そんな、留さんのせいじゃないよ。悪いのは僕だよ」 「いや俺だ」 「いや僕が」 俺が僕がとは組が麗しいのかめんどくさいのか判断しかねる友情を発揮し始める。さすがにそれを見るとい組二人も黙るしかないようだ。……若干引いている気がしなくもないけど気のせいだうん。 「い組とは組はいいじゃないか。私たちろ組はそもそも誰も代表に選ばれていないんだぞ!」 それなのに罰則は同等とは納得がいかないと小平太が主張する。 「……それも含めて、運試しということではないのか?」 「長次、良いこと言うじゃねえか」 留三郎が嬉々としてその言葉尻に乗りかかれば、文次郎が「当事者のお前が言うことか」と余計なひと言を漏らす。 「……おい」 「……ああ?」 今にも飛び掛かりそうな睨み合いに、「まあまあ」と割って入ったのは伊作だったが、責任を感じているため然程強くは止められないらしい 仕方なく、私はお互いの襟元を掴み合っている二人を無理やり引っぺがした。 「揉めるんなら外でやってくれないかい」 ていうか、何でお前ら私の部屋に集まってるの。 示し合わせたわけでもないのに、私がくのいち教室で風呂を借りて戻ってみれば、いつもの顔ぶれが人の部屋で好き勝手に寛いでいた。毎度のことと言えばそれまでだが。 しかし毎度お馴染みと言えど自室を荒らされてはたまったものではない。 やるなら外でやれと障子を指したところで、矛先は思わぬ方向でこちらに向けられた。 「不公平だというのなら、寧ろ朔が一番不公平なのではないか?」 「は?」 仙蔵の言葉に部屋の視線が彼に集まる。風呂上がりの為下ろしたままになっている黒髪を背に払い、少しは気力を回復したらしく無意味にキラキラを振りまいて、仙蔵は言う。 「そもそも朔はこの大会に参加していないだろう」 「参加はしてるよ」 審判だけど。参加は参加ではないか、心外な。 唇を尖らせる私を仙蔵は鼻で笑った。 「審判はどの学年にも属していないことになる。因って、お前は六年だが六年選抜が勝とうが負けようが罰則には直接関係しないだろう」 「……う。そりゃそうだけど」 鋭い。いやこれくらい気付かねば六年としてアレかもしれないけれど。 仙蔵の言う通り、私は六年として罰則への参加は免除されている。 「でも、半分だけだよ」 それも免除と言えば聞こえはいいが、実際はじゃんけん大会の後始末をしてから便所掃除に合流しただけなのだから、そこまで言われる程のものではないだろう。 しかし私の反論は、不満のぶつけどころのなかった朋輩らにとってはどうでも良いことであった。 「確かに、不公平だな」 真っ先にそれに乗りかかったのは文次郎だ。自分が出ていればいの一番に勝ち抜けしていたと言い張っていた分、食いつき気味に仙蔵に賛同する。 このい組め。 「だが不公平だと言っても仕方ないんじゃないのか?」 ことんと首を傾げ、一体どうするんだと小平太が問う。こちらは不公平云々以前に純粋に疑問に思っているらしい。 「心配するな。それは考えてある」 ふふん、と仙蔵が得意げに笑う。嫌な予感しかしない。 「考えてって……朔だけ厩掃除でも追加するのか?」 自分も勝率が低かったことを気にしているのか、留三郎が「別にもういいんじゃないか?」と口を挟む。 その横で私は力いっぱい頷いた。 厩掃除くらいならいい。しかし仙蔵が得意げに言い出すものがそんな中途半端な優しさでできているはずがない。 「はははははは。大概言うな、お前も」 「いひゃい!いひゃいっへ、へんはん!!」 「んー?聞こえんなあ」 ははははははと高らかに笑いながら、仙蔵が私の頬を左右に引っ張る。必死にもがくが余計に痛い。 「ごへん!ごめんて!!」 「ちょ、仙蔵、止めなよ!」 慌てたような伊作の制止の効力か、はたまた単に飽きただけなのか、仙蔵は最後に一度思いっきり引っ張って、ぱっと手を放した。 おそらく赤くなっているであろう頬を擦りながら仙蔵を睨むが、相手は天下の立花仙蔵である。まったく意に介さずに、「それで、朔の罰則の件だが」と言い始めた。というか待て。何で私の罰則なんだ。ていうか罰則決定なのか。 「……厩掃除の、か?」 無言でそっと私の頬を擦ってくれていた長次が、尋ねる。 「ふん、それでは面白味がないだろう?」 「じゃあ何だ?」 私の膝の上に勝手に陣取り、ごろごろし始めた小平太が何故か興味津々といった顔で問う。 「そうだな……。これは『朔』の罰ゲームだ。ということは、『朔』が嫌がることである方が望ましいだろう」 「……仙ちゃん実は私に何か恨みでもあるの?」 「そんな訳がないだろう」 胡散臭い爽やかな笑顔で即答されても説得力に欠けるよ。うん、多分本当だとは思うけど。……多分。 「じゃあ何?」 聞きたくないがどうせ聞かなければならないのだ。聞かなければ無し、などという理屈を通してくれる相手でもない。それならいっそ自分で、と思った私だが、直後にその行為を激しく後悔する破目になる 「そうだな……」 仙蔵がちらりと私を見た。そしてそれはそれは見事な笑顔でこう言い放った。 「女装でもしてもらおうか」 |